表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【本編完結済】悪女だった私は、記憶を失っても夫に赦されない  作者: ゆにみ
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/83

16、突き刺さる視線

 朝、目を覚ますと、枕元に一通の封筒が置かれていた。


 艶やかな金糸で封をされたそれは、見るからに格式高いものだった。貴族らしい優美な筆跡で、私の名が記されている。


 誰が置いたのかは、聞かなくてもわかる。――ユリウスだ。


 触れるのが怖くて、しばらく指先は封筒の上をさまよっていた。けれどやがて、観念したように手を伸ばす。封を切る音が、やけに大きく耳に響いた。


 中にあったのは、王都で開かれる舞踏会の招待状だった。


 


 舞踏会――正直、行きたくない。



 この屋敷の中でさえ、過去の私がどれほどの罪を犯したのか、思い知らされる日々だ。

 それが外の世界に出たら、いったい何が暴かれるのだろう。

 どれほどの蔑みの目に晒されるのだろうか。


 思わず、胸の奥がきゅっとすぼまる。


 

 償わなければならないことは、わかっている。

 でも、せめて――この狭い空間の中で、閉じこもっていたい。

 誰の視線にも晒されず、ただ静かに罰を受けていられたら、それでよかったのに。



 


 けれど、それすら許されないのだ。


 今の私は、記憶を失ったただの“元悪女”。

 過去を知らずに後悔し、彼の隣で罰を受けることしか許されない存在。


 


 「……行くしか、ないんだわ」


 


 拒否権なんて、最初から与えられていない。


 彼が望むのなら――私は、どんなに恐ろしくても、その命に従うしかない。




 ***




 舞踏会の夜。宮殿の大広間には、宝石のような光が溢れていた。


 高い天井から吊るされた無数のシャンデリアが、宵闇を金に染める。

 香水と花と人々の熱気が混ざり合い、息苦しいほどの甘い空気を作っている。


 


 私は、ユリウスの腕に手を添えたまま、何の感情も浮かべられず、ただ足を運ぶ。

 彼は視線一つよこさず、ただ黙って私を伴っていた。


 


 笑い声が響く。乾杯の音。優雅に流れる舞踏曲。


 でも、私はそこに混ざることができなかった。


 まるで硝子の檻に閉じ込められたように、外の世界だけが遠くにある気がした。


 


 それでも、周囲の視線だけは容赦なく刺さってくる。


 遠巻きに、私を見る人々がいた。視線を逸らしながら、けれど耳元でなにかを囁き合う。


 


 「記憶喪失、ですって」

 「まさか演技じゃないでしょうね」

 「……でも、旦那様、手放す気はないみたいよ?」


 


 すべて、聞こえている。聞こえないふりをすることに、もう慣れてしまった。


 痛みに顔を歪めることさえ、もうできない。


 


 ――だけど、ひとつだけ。


 その視線とは明らかに違う、鋭く、爛れたような視線が、どこかから注がれていた。


 気のせいではなかった。


 その視線だけが、背筋を粟立たせるほどに、異質で、濁っていた。



 

 (......誰なの?)


 


 私は静かに、ユリウスの隣で呼吸を整える。

 まるで何事もないように。

 けれど、胸の奥で何かがざわめいていた。


 


 ――この夜は、何かが起きる。


 そんな予感だけが、確かに心を支配していた。

ブクマ&評価ありがとうございます!

とても励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ