16、突き刺さる視線
朝、目を覚ますと、枕元に一通の封筒が置かれていた。
艶やかな金糸で封をされたそれは、見るからに格式高いものだった。貴族らしい優美な筆跡で、私の名が記されている。
誰が置いたのかは、聞かなくてもわかる。――ユリウスだ。
触れるのが怖くて、しばらく指先は封筒の上をさまよっていた。けれどやがて、観念したように手を伸ばす。封を切る音が、やけに大きく耳に響いた。
中にあったのは、王都で開かれる舞踏会の招待状だった。
舞踏会――正直、行きたくない。
この屋敷の中でさえ、過去の私がどれほどの罪を犯したのか、思い知らされる日々だ。
それが外の世界に出たら、いったい何が暴かれるのだろう。
どれほどの蔑みの目に晒されるのだろうか。
思わず、胸の奥がきゅっとすぼまる。
償わなければならないことは、わかっている。
でも、せめて――この狭い空間の中で、閉じこもっていたい。
誰の視線にも晒されず、ただ静かに罰を受けていられたら、それでよかったのに。
けれど、それすら許されないのだ。
今の私は、記憶を失ったただの“元悪女”。
過去を知らずに後悔し、彼の隣で罰を受けることしか許されない存在。
「……行くしか、ないんだわ」
拒否権なんて、最初から与えられていない。
彼が望むのなら――私は、どんなに恐ろしくても、その命に従うしかない。
***
舞踏会の夜。宮殿の大広間には、宝石のような光が溢れていた。
高い天井から吊るされた無数のシャンデリアが、宵闇を金に染める。
香水と花と人々の熱気が混ざり合い、息苦しいほどの甘い空気を作っている。
私は、ユリウスの腕に手を添えたまま、何の感情も浮かべられず、ただ足を運ぶ。
彼は視線一つよこさず、ただ黙って私を伴っていた。
笑い声が響く。乾杯の音。優雅に流れる舞踏曲。
でも、私はそこに混ざることができなかった。
まるで硝子の檻に閉じ込められたように、外の世界だけが遠くにある気がした。
それでも、周囲の視線だけは容赦なく刺さってくる。
遠巻きに、私を見る人々がいた。視線を逸らしながら、けれど耳元でなにかを囁き合う。
「記憶喪失、ですって」
「まさか演技じゃないでしょうね」
「……でも、旦那様、手放す気はないみたいよ?」
すべて、聞こえている。聞こえないふりをすることに、もう慣れてしまった。
痛みに顔を歪めることさえ、もうできない。
――だけど、ひとつだけ。
その視線とは明らかに違う、鋭く、爛れたような視線が、どこかから注がれていた。
気のせいではなかった。
その視線だけが、背筋を粟立たせるほどに、異質で、濁っていた。
(......誰なの?)
私は静かに、ユリウスの隣で呼吸を整える。
まるで何事もないように。
けれど、胸の奥で何かがざわめいていた。
――この夜は、何かが起きる。
そんな予感だけが、確かに心を支配していた。
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