14、赦さないくちづけ
ユリウスの怒りが、私の胸を締めつけ、言葉は喉の奥に詰まった。
心臓は激しく脈打ち、呼吸すら乱れてしまう。
まるで言葉が消え去ったかのように、口は動かなかった。
やっとのことで、震える声を絞り出す。
「……ごめんなさい」
その一言は、か細く震え、私の全ての後悔と懺悔が込められていた。
けれど、ユリウスは沈黙を保ったまま、じっと私を見据える。
赤い瞳が深く沈み込むように私の奥を射抜き、逃げ場など与えない。
そこに宿るのは、怒り、悲しみ、そして赦せない何か――。
視線だけで、心が罰せられていく気がした。
足がすくみ、胸の奥がひりつく。
逃げたくても逃げられない。過去の私がしたことの、すべての報いがいま目の前にある。
そして彼は、低く絞るように言った。
「俺のためだと言うなら――離婚は許さない」
その言葉は、冷たい刃のように胸に突き刺さると同時に、焼けつくほど熱を帯びていた。
ユリウスが一歩、私に近づく。
その瞬間、私は直感する。彼の怒りがまだ終わっていないことを。
そして、何の前触れもなく――
唇を、奪われた。
触れる、なんて優しいものではない。
押しつけられた唇に、思考が一瞬で焼き切れた。
「……っ!」
小さく息を呑んだその隙を、彼は逃さない。
舌が滑り込み、容赦なく私の中を侵してくる。
息ができない。逃げ場がない。
脳が真っ白になり、意識がぐらりと揺れる。
――こんなの、キスなんかじゃない。怒りと執着の塊みたいな、呪いだ。
苦しいのに、拒めない。
体の奥が熱を持ち、膝が震える。
このキスで赦されることなどないのに――私はただ、抗わずに受け入れていた。
唇が離れた瞬間、私はまだその熱に囚われたまま、息を忘れていた。
頭がぼうっとして、目の前の彼が遠く霞んで見える。
ユリウスは私の瞳を見下ろし、静かに呟いた。
「……そばで苦しめばいい」
その一言を最後に、彼は無言で部屋を出て行った。
残された私は、ただその背を見送るしかなかった。
胸の奥が痛くて、空気が吸えない。
言葉も、涙も出てこなかった。
私のせいで、彼の人生は壊れてしまった。
何も知らず、無自覚に犯した過去の罪が、彼の心を深く傷つけてしまったのだ。
“そばで苦しめばいい”――その言葉が繰り返し心の中で響く。
お互いのために離れたほうがいいと思っていた。
でも、ユリウスがそれを許さないなら、私にはもう選択肢がないのだ。
彼のそばにいること。
償い続けること。
どれほど苦しくても、それが私の罰なのだと、受け入れるしかない。
愛されたいとは思わない。
ただ――
赦されないまま、彼の隣に立ち続けること。
それが今の私のすべてだった。
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