13、ふざけるな
「……は?」
ユリウスの低く押し殺した声が、蝋燭の揺れる室内に沈む。
その言葉の意味をすぐには受け取れず、私は言葉を飲み込む。
重く、刺すような沈黙が二人の間に垂れ込めた。
やがて、彼が目を細める。その瞳は、じっと私の奥を見透かすようだった。
「……なぜだ?」
静かすぎる問いかけ。けれど、その声には刃のような怒気がにじんでいた。
「……何故って……そのほうが、お互いのためだと思ったの」
喉が焼けるほど緊張していたけれど、それでも目を逸らさずに言葉を継ぐ。
「償いには、ならないかもしれないけれど……」
言いながら、胸の奥がじくじくと痛んだ。
「でも、もともと……無理やり結婚したのでしょう? だったら、続ける理由なんて……もう、ないじゃない……」
その瞬間、空気がひび割れる音が、聞こえたような気がした。
「――はっ」
ユリウスの喉の奥から、乾いた笑いが漏れた。それは嘲笑にも似て、底知れぬ怒りがこもっていた。
「つまり君は……それが“俺のため”だと?」
ぞくり、と背筋が震える。
その笑みに、温度というものが存在しなかった。
「自分を正当化するには、ずいぶんと都合のいい理屈だな」
その言葉のあと、彼の瞳がぎらりと光った。
「……冗談じゃない」
炎のように赤い瞳が、射すくめるように私を捉える。
「離婚……? ミレイナ……君が、それを言うのか?」
私は思わず身体をこわばらせる。
「俺の人生をめちゃくちゃにしておいて……“これが私なりの償い”? ――ふざけるな」
心臓が、どくんと大きく跳ねた。
「そっちが先に地獄に引きずり込んでおいて、今さら“これで終わり”にしようって?」
その目は、憎しみと、痛みと、怒りに濡れていた。
「そんな勝手……俺が許すと思うか――?」
そして次の瞬間、ユリウスの手が私の肩を掴んだ。
ぐっと力強く。私の身体がぐらつくほどに。
熱い――と思った。
その手は、氷より冷たく、炎より熱い矛盾を孕んでいた。
「地獄に落ちるなら、一緒にだ。
君ひとりだけ、救われようなんて――」
「......絶対に、許さない」
低く、ぞっとするほど冷たい声だった。
その響きが全身を打ち、私は震えた。
怖かった。逃げたかった。けれど同時に――
泣きたくなるほど、胸が痛かった。
なぜなら――
私の知らない“私”が、この人の人生を、壊してしまったのだから。
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