第34話 真の治癒
春の桜が散り始めた頃、山科時輪は五反田クリニックに復帰した。
三ヶ月の休職期間を経て、彼女の表情には以前にも増して深い落ち着きが宿っていた。かつてのような超常的な体験への依存ではなく、地に足のついた現実的な支援への確信を胸に抱いていた。
佐藤医師との復職面談で、時輪は新しい提案を行った。
「回復者自身が治療プロセスに参加する、ピアサポートプログラムを立ち上げたいと考えています。私たちの元患者の中には、自身の体験を活かして他者を支援したいと願う方々がいます」
佐藤医師は眉をひそめた。「それは興味深いアイデアですが、実現可能性について検討が必要です。患者のプライバシーや職業倫理の観点から、慎重な検討が求められます」
時輪は準備していた企画書を提出した。「すでに詳細な計画を作成いたしました。専門的な研修プログラム、厳格な守秘義務契約、定期的なスーパービジョン体制も含めています」
鈴木理沙は双極性障害の波との付き合い方について、創作活動を通じた支援を行った。
彼女が開発した「感情の天気予報」システムは、患者が自分の気分の変動を視覚的に把握し、予防的対策を講じることを可能にした。理沙の芸術的感性は、言葉では表現しにくい感情を色彩や形で表現する新しい治療手法の開発に貢献した。
渡辺茉莉は統合失調症の症状管理と社会復帰について、図書療法を活用した支援を担当した。
彼女が設計した読書プログラムは、現実感の回復と自己受容の促進に顕著な効果を示した。茉莉自身の体験に基づく「妄想と現実の境界線の見極め方」は、多くの患者にとって実践的な指針となった。
ある晩、時輪は三人とクリニック近くのカフェで定期的な振り返りミーティングを行っていた。
健太は最新の成果報告を読み上げた。「今月参加した新患者十二名のうち、十名が予定より早く職場復帰を果たしました」
理沙は手帳に記録された感想を共有した。「患者さんたちから『同じ経験をした人だからこそ理解してもらえる』という声を多数いただいています。専門知識だけでなく、体験知識の重要性を改めて実感しています」
茉莉は静かに微笑みながら言った。「図書療法に参加されている方々の読書記録を見ると、本への関心が症状の安定と正比例していることが分かります。本が単なる逃避先ではなく、現実との橋渡し役になっている様子が観察できます」
時輪はカフェの窓から五反田の夜景を眺めながら、深い感慨に浸っていた。
かつて彼女が信じていた治癒とは、過去を変えることで現在を修正するという幻想的なものだった。しかし今、彼女が実践している治癒は、現在の瞬間における真摯な関わり合いに基づいていた。
「私たちが提供しているのは、治療ではなく伴走なのかもしれません」と時輪は三人に向かって語った。
「医師が患者を治すのではなく、回復者同士が互いの歩みを支え合う。そこには上下関係ではなく、水平的な連帯があります」
健太は頷きながら応えた。「僕自身、他の方を支援することで、自分の回復がさらに深まっていることを感じます。与えることで受け取る、という循環が生まれています」
理沙はスケッチブックに描いた図を示した。「この円のように、支援する人と支援される人の境界は流動的です。状況に応じて役割が入れ替わり、全員が学び続けています」
茉莉は詩集から一節を読み上げた。「『傷ついた場所から光が差す』。私たちの過去の苦しみは、今では他者への理解の窓となっています」
プログラムの成功は医療界からの注目を集めた。
精神医療学会での発表、医学雑誌への論文掲載、他の医療機関からの視察依頼が相次いだ。
時輪たちの取り組みは、従来の医療モデルに新しい視点を提供する先駆的事例として評価された。
一年後、プログラムは新しい段階に入った。回復者たちが独自の支援グループを形成し、時輪の直接的な指導なしでも活動を継続できる体制が整ったのだ。これにより、支援の輪はさらに広がり、より多くの人々が恩恵を受けることが可能になった。
ある秋の午後、時輪は診察室で新しい患者と向き合っていた。
若い女性は過去のトラウマに苦しみ、現実感を失いかけていた。しかし時輪は、もはや時間を遡って過去を変えようとは考えなかった。
代わりに彼女は、目の前の患者の言葉に耳を傾け、その痛みを共有し、回復への道のりを共に歩むことを提案した。そして診察の終わりに、彼女は患者に伝えた。「あなたは一人ではありません。同じ経験をした仲間たちが、あなたの回復を支援する準備ができています」
窓の外では、五反田の街に夕日が差し込んでいた。時輪は自分の手を見つめた。
これらの手はもう超常的な力を求めることなく、目の前の現実に向き合う力を持っていた。真の治癒とは過去の修正ではなく、現在における関わり合いの中に存在することを、彼女は深く理解していた。
そして時輪は知っていた。
この物語には終わりがないことを。
回復と支援の循環は続き、新しい希望が日々生まれ続けることを。それこそが、真の治癒の姿なのだと。




