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第20話 悔い改め

「あ、石川先生…」拓人が少し狼狽えながら言った。


「人の噂話をして笑っていたように見えたけど…?」

「え?、…地獄耳」康二が呟く。

「い、いえ、ただの冗談です」拓人が首を振る。


「冗談?」時輪(女教授の身体)は言った。

「いや、それは…」

 康二が言い訳をしようとした時、時輪(女教授の身体)はゆっくりと二人に近づいた。

「すいません!地獄耳なんて失礼なことを…」康二が頭を振る。


「鈴木理沙さんの話をしていたんだね?」

 二人の顔から血の気が引いた。

「え?どうして…?」

「廊下の声は案外よく響くものよ」時輪(女教授の身体)から怒りが漏れる。


「君たち、精神医療を勉強したことがある?」

 二人は首を横に振った。

「双極性障害という病気を知ってる?」

「えっと…」拓人が口ごもった。「躁うつ病みたいなやつですか?」

「簡単に言うとそうだね」時輪(女教授の身体)は頷いた。


「双極性障害。かつては躁鬱病と呼ばれていた精神疾患だ。気分の著しい上下動を特徴とする。高揚期には創造性が爆発し、エネルギッシュになり、眠らなくても平気になる。そして、その後に深い抑鬱状態が訪れる。自分の意思とは関係なく、高揚感から深い絶望まで、激しい感情の波に翻弄される。遺伝的要因、環境的な要因によっても発症する。」

「『気まぐれ』と君が呼ぶものは、双極性障害の症状なんだよ!」

 教授の声は教室で講義をするときのような響きに変わっていた。


「鈴木さんは、その障害と闘っているんだよ!!」

 拓人と康二は沈黙した。


「彼女がいつも同じように振る舞えないのは、障害、病気のせいだ。『壊れ物』『気まぐれ』と決めつけるのは、彼女の人格を否定し、さらに深く傷つける!」

「僕たちは…そんなつもりは…」康二が言いかけたが、言葉を失った。


「君たちは、彼女の苦しみを学校中の笑い話にしようとしていた!!」

 時輪の声は厳しさを増した。

「それは、彼女の人格の否定!…それは魂の殺人と一緒だ!!それは許されないことなんだよ!」

「すみません…」拓人が小さく呟いた。

「無知は、罪だ!!」

 2人は下を向いた。


 時輪(女教授の身体)は、一歩前に出た。

「今からすべきことは二つある!」

 拓人と康二は緊張した面持ちで教授を見上げた。

「一つ目。彼女の噂を広めるのは止める事!…そして、二つ目。彼女に謝罪する事!」

「は?謝罪…?」拓人と康二が同時に発した。


「彼女が魂の深淵で君たちに助けを求めていた時、君たちは彼女を見捨て、それどころか、蹴落とし、更に彼女の深い傷に塩を塗り込もうとしているんだぞ!!」


 時輪はそう言いながら、突然二人の間に入り込んだ。

 合気道で培った技術が、石川教授の身体を通して自然に流れ出る。

 軽く手を伸ばしただけで、拓人の重心が崩れ、彼は宙に浮いた。

「うわっ!!」

 拓人の体が床に転がった。あまりにも素早く優雅な技だったため、何が起きたのか誰も理解できない。


「な、何を…!!」康二が驚いて後ずさりしようとした時、時輪は再び身をひるがえし、今度は康二の腕をやわらかく取った。

 一瞬の間に、康二も床に転がっていた。

「こ、これは…?」拓人が床から身を起こそうとしながら言った。

「せ、先生、何を…?」康二が言った。


「心と体は繋がっている。君たちが彼女に与えた精神的な痛みは、あなたたちの身体的な痛みの何十倍、いや何百倍くらいのものだ!!…分かるかい?」時輪は静かに言った。

 二人は恐怖と畏怖の入り混じった表情で教授を見上げた。


「鈴木さんに会いなさい!そして謝りなさい!彼女の病気を理解し、尊重することを学びなさい!君たちなら、彼女を深淵な苦しみから救う事ができる!今の君たちなら、彼女を救えるんだ!!」


「は、はい…!!」二人は震える声で応えた。

 

 その言葉を最後に、時輪の意識は再び浮遊し、視界が霞み、次第に暗闇に吸い込まれて溶けていった。


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