第12話 芽生えた種子
健太はノートを開き、最近の記入を指さした。
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否定的思考:「またダメだった。やっぱり俺には無理なのかもしれない」
感情:失望、不安(強度7/10)
別の考え方:「一つの会社に合わなかっただけ。自分に合った場所を探し続ければいい」
行動:深呼吸をして、明日の面接の準備をした
結果:不安が和らいだ(強度4/10)
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「実は…ずっと考えていることがあるんです…」健太は窓の外を見つめ、遠くを見るような目をした。
その日の夜、健太はアパートの机に向かい、ブログの最初の記事を書いていた。
「完璧な佐伯健太」の崩壊と再生
『私は死のうと思った。東大を卒業し、大手商社に入社し、「最優秀新入社員賞」を受賞した私が。すべてがうまくいっているように見えた私が… 』
それから3ヶ月。健太のNPO「リスタート」は正式に認可され、活動を開始していた。初めは小規模だったが、SNSでの口コミもあり、少しずつ相談者が増えていった。
特に、健太自身が語る体験談セミナーは大きな反響を呼んでいた。「東大卒、大手商社勤務が語る心の崩壊と再生」というテーマは、多くの学生や若手社会人の関心を引いた。
「私は自分の失敗から学びました。完璧を求めて自分を追い詰めるより、自分のペースで進む方が、結果的に遠くまで行けるのだと」健太はセミナーで語った。
参加者の多くが、健太の言葉に共感と安堵の表情を浮かべていた。
時輪との最後の面談の日、健太は「リスタート」のパンフレットを持ってきた。そこには彼の顔写真とともに、簡潔な自己紹介が載っていた。
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代表 佐伯健太…東京大学経済学部卒。大手商社で勤務後、適応障害を経験。
現在は若者のメンタルヘルス支援に取り組む。「あなたはあなたのままで価値がある」をモットーに活動しています。
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時輪はそのパンフレットを見て、感慨深い気持ちになった。
「佐伯さん、本当によく頑張ったわ!やっぱり凄い人」彼女は心からの言葉を贈った。
「あなたの治療は今日で終了です。これからもご活躍を楽しみにしています!」
健太は深く頭を下げた。
「山科さん、本当にありがとうございました!あなたがいなければ、私は今ここにいなかった!…そして…」
彼の声には深い感謝が込められていた。
「そして?」
「そして、あの時、私が貨物列車に飛び込もうとした時、助けて頂いた武道家の男性!」
「武道家の男性?!」
「あの方は、名前も告げずに去って行ったのです!『私は何もしていない』と謙遜に言い残して…」
「い、いいえ、再生の一歩を踏み出したのは佐伯さん自身です」時輪は恥ずかしくなって目を逸らし、静かに言った。
健太は頷き、そして彼の目には決意の色が宿っていた。
「はい。これからも、私を救ってくれたあの男性の様に謙遜の心を持ち、山科さんの様に多くの人の助けになれるよう、頑張ります!」時輪は少し考え、そして微笑んだ。
初夏の陽光が二人を包み込んだ。健太は再び深く頭を下げ、そして軽やかな足取りで歩き始めた。時輪はその後ろ姿を見送りながら、確かな手応えを感じていた。
あの日、時輪が救った命は、今や他の多くの命を救おうとしている。時間の境界を超えて介入した意味が、今ここにあった。
一年後、「リスタート」の一周年記念イベントは、予想を上回る盛況だった。大学構内の大会議室には、100人以上の参加者が集まっていた。壇上で健太は、落ち着いた声でスピーチを始めた。
「一年前、私は小さな一歩を踏み出しました。自分の挫折経験を隠すのではなく、それを誰かの力になるために使おうと…」
会場には、この一年間で「リスタート」の支援を受けた若者たちの姿もあった。就活でのプレッシャーから解放され、自分のペースで進む道を見つけた学生たち。過労で倒れかけたところで立ち止まり、新しい働き方を模索するようになった社会人たち。
「今日は特別なゲストをお迎えしています!」健太は続けた。
「私が自死しようと列車に飛び込んだ時、命懸けで助けて頂いた見ず知らずの男性、山田春太さんです!あの日、名を名乗らずに立ち去られました…しかし、あれからずっと探し続けて、お会いでき、今日は無理を承知でお願いして来ていただきました!この方の謙虚な姿勢こそが、私の目標とする所です!」
山田春太が壇上に上がると、温かい拍手が沸き起こった。
彼は緊張した面持ちで、会場を見渡して話した。
「わ、私は何もしていません。た、ただ、無意識に身体が動いただけです…が、しかし!あの時から、今も肝に銘じている言葉があります。それは…
『一度きりの人生!悔いを残すな!!』です」




