表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

第四話弐「誰かに頼る夜」

 水嶋優斗は、まだ目を覚まさなかった。


 心電図の音が、一定の間隔で病室に響いている。

 眠っている顔は穏やかで、第四話の夜から何も変わらない。


 喰崎真希は、ベッド脇の椅子に座ったまま、彼を見ていた。


 ――どうせ目が覚めても、あの生活に戻るだけ。


 水嶋の言葉が、胸の奥で静かに残っている。


 否定できなかった。

 それは投げやりでも、逃げでもなく、

現実を知った人の結論だったからだ。


 真希は、小さく息を吐いた。


「……一人で、どうにかしなくてもいい」


 それは水嶋に向けた言葉じゃない。

 自分自身に向けた、まだ輪郭のない考えだった。


 連絡は、ダメ元だった。


 水嶋のスマートフォンに残っていた履歴。

 最後に通話した相手。


 呼び出し音が鳴るたび、

「出なくていい」と思う自分がいた。


「……もしもし?」


 少し掠れた声。


「突然すみません。

 水嶋優斗さんのことで、お話があって」


 一瞬の沈黙。


「……今さら、何ですか」


 責める声ではない。

 距離を取った人の、静かな声音。


「水嶋さんが、眠ったままなんです」


 それ以上は、言わなかった。


 しばらくして、電話の向こうで息を吐く音がした。


「……行きます」


 短い返事だった。


 病室で、友人は水嶋の顔を見て、視線を逸らした。


「……こんなことになるなんて」


「責めるために呼んだわけじゃありません」


 真希は、静かに言う。


「お願いがあります」


 友人は、戸惑いを隠さず眉をひそめた。


「水嶋さんのそばで……

 一緒に眠ってほしいんです」


「……は?」


「理由は、今は説明できません」


 真希は、正直に言った。


「無理だと思ったら、断ってください」


 友人は、水嶋の寝顔を見つめる。


 長い沈黙。


「……逃げてました」


 ぽつりと、そう言った。


「返せないって、ちゃんと言えなかった」


「困った顔、したまま……距離を取った」


 拳を、強く握る。


「それでも……」


 ベッドの横に椅子を引き寄せ、腰を下ろす。


「何もしないよりは、

 まだマシだと思う」


 友人は、横になった。


 二人が眠りに落ちた、その瞬間。


 真希は、違和感を覚えた。


 通路は、これまでと同じだった。


 無機質な壁。

 遠くに見える、出口の光。


 けれど――


 足音が、二つある。


 真希は、思わず息を呑んだ。


 水嶋だけのはずだった夜に、

 もう一人、立っている。


 連れてきた。

 悪夢の中へ。


 そんなことが、できるなんて。


 これまで真希が入ってきたのは、

 いつも“一人分の悪夢”だった。


 救うか、届かないか。

 その二択しかない世界。


 でも今は違う。


 水嶋の悪夢が、

 誰かを拒まなかった。


 真希は、無意識に一歩、下がった。


 ここは、自分の場所じゃない。


「……なに、ここ」


 友人が、息を詰めて周囲を見回す。


 水嶋は、はっとしたように顔を上げた。


「……来た」


 驚きと戸惑いが入り混じった声。


「夢です」


 真希は、それだけを伝えた。


 説明しない。

 導かない。


 この夜は、二人のものだから。


 友人は、水嶋を見る。


 そして、目を伏せた。


「……ごめん」


 短い言葉。


「返せない。

 今も、正直余裕はない」


「でも……困らせたまま、

 黙って距離を取るのは、違った」


 水嶋は、何も言えなかった。


 怒りも、安堵も、

 同時に胸に込み上げる。


「助けてって言われた時……」


 友人の声が、震える。


「どう返せばいいか、分からなかっただけなんだ」


「迷惑だなんて、

 一度も思ってない」


 出口の光が、少しだけ近づいた。


 水嶋は、それを見て、初めて気づく。


 背中に、人の気配がある。


 一人で立っていない。


「……一人で、

 どうにかしなくてもよかったんだな」


 それは言葉というより、

 体に落ちてくる感覚だった。


 出口は、まだ遠い。

 問題も、何も解決していない。


 それでも。


 水嶋は、小さく一歩、前に出た。


 病室で、心電図の波形が、わずかに変わる。


「……反応、あります」


 看護師の声。


 真希は、静かに息を吐いた。


 これは奇跡じゃない。

 完全な解決でもない。


 ただ――

 一人でやらなければならないと思っていた。

 今まで誰かに頼ったことはなかった。

 誰かに頼ることもできる。


 それだけで、十分だった。


 夜は、まだ続く。


 でももう、一人ではない。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ