本編③~魔法~
「エラ、今日はダンスのレッスンがあるから外出してはダメよ」
「お義母様、私は今度の舞踏会に出席しないはずでは?」
朝、父を見送ってすぐに義母から声をかけられた。ダンスのレッスン…義姉たちはともかく、私までやる必要はあるのだろうか。そもそも今回はノアの力を借りて舞踏会に行こうとしているが、それがなければ私が初めて舞踏会に行くのは数年後だ。考えていれば初めての舞踏会で見初められて早々に結婚した割には私は世間知らずでもなくて比較的簡単に王妃教育をクリアできたんだよな…。うーん、社交界にまったく出してもらえなかったのに教育だけはしっかり受けてたということになる。何故だっただろうか…?
「例え出席しないとしてもしっかりと学ぶことが後々大切になるのよ」
そうだ、義母が絶対に私にもレッスンを受けさせたのだった。実際に数年後の王妃教育で役に立ったし。ただ、こういう日はノアに会いに行けないから困る。当たり前だが今日はもうすぐ教師が来てその後は一日中レッスンだからとてもじゃないが家を抜け出せない。…仕方ない、ノアには手紙を送ろう。
「エラ、もうすぐ先生が来るのだから早くいつもの部屋にお行きなさい」
「一度自分の部屋に帰ります。心配しなくても家の外には出ませんし、時間までには行きますので」
義母は自室の戻ろうとした私に早くいつもダンスのレッスンを受けている部屋に行けというが、ノアに手紙を出すには一度部屋に戻らないと無理だ。部屋にたどり着いたらすぐに現状を簡潔に綴った手紙を用意する。書き終えたら今度は窓を開けて手を外に伸ばすと私の指先に一匹の鳩が止まる。この子は昔から私と仲が良くて今日みたいなノアに会いに行けない日にいつも手紙を届けてくれていた。
「いつもありがとう。今日もよろしくね」
頭を撫でながら豆を差し出すと嬉しそうにクルッポーと鳴いて豆を食べ始めた。
「私はもう行かないと。今日は窓開けておくから食べ終わったらノアに手紙を届けてね」
私がそう言ってもう一度頭を撫でると、彼は食べかけの豆と託された手紙を交互に見やって空に飛び立っていった。多分、私を安心させようと先に手紙を届けに行ってくれたのだろう。戻ってきたら食べ残した豆を食べるだろうし、窓は開けておこう。
「遅いわよ、エラ」
部屋に辿り着くと、私が最後だったようで既に義姉二人が中にいた。しっかり教師が来る前には間に合ったようだ。
「申し訳ございません、お義姉様」
私が形だけ頭を下げると、義姉はそれ以上何かを言い募ろうとするがそのタイミングで教師が入ってきた。思ったよりもギリギリだったようで少し反省する。そこからは普通に授業を行ったが、一つだけ…当たり前といえば当たり前だが違いがあった。
「エラ嬢、見違えるほどダンスがお上手になりましたね」
そう、私に王妃教育を受けた記憶が…それを除いたとしてもこの家で数年間習った記憶もある。当然、この頃の私に比べれば体の動かし方がわかる。体が完成していないから思ってるように動かせないところはあるが、それでもブランクがあるとはいえこの頃に比べれば上手いだろう。それからも事あるごとに褒められて、義姉からの視線を感じたが気にしないでおく。
*****
それからは舞踏会が近いから毎日のように授業があってしっかりノアと話すを詰め切ることができないまま舞踏会当日になってしまった。
「では、留守番を頼んだよ?エラ」
父はそう言って煌びやかに着飾った義母と義姉二人と馬車に乗り込んでいった。さて、私はノアが来る前に義姉に言いつけられた部屋の掃除を終わらせなくては。
「エラちゃん、今って姿を現しても大丈夫ですか?」
あと少しで掃除が終わるという時、頭の中にノアの声が響いた。
「大丈夫だよ」
誰もいないはずだが念のためあたりを見回してから答える。するとノアは私の横の何もないはずの空間から現れた。
「姿を消す魔法…便利ですけど、知り合いじゃないと私からも見えなくなってしまうのが欠点ですね」
そうノアは苦笑する。しかし困った。まだ掃除が終わっていない、ノアには悪いが少し待っっていてもらわなくてはいけない。
「ごめん、ノア。まだお義姉様に言われた仕事が終わってないから少し待っててくれる?」
「仕事って何が残ってるんですか?」
「この部屋の掃除だけだけど」
「そのくらいなら大丈夫です」
そういってノアは手に持っていた杖を振った。すると、私が手に持っていた箒がひとりでに動き出して重そうな家具もひとりでに浮かび上がる。
「これで終わりです。それじゃあ準備をしましょうか」
驚く私をよそに何でもないような顔をしたノアが言う。ノアにとっては本当にいつもの光景なのかもしれないが…魔法というのはこういう使い方もできるのか。私が魔法を間近で見たのは舞踏会に行く為のドレスを出してもらった一度きりだから新鮮だ。
「それでは、行きます!」
そういってノアが再び杖を振る。今度は私の体が光に包まれて、眩しさに思わず目を瞑った。少し経って、ゆっくり目を開けて下を見ると物凄くかわいいドレスを着た私の体が映る。
「わあっ…!」
「どうですか…?一応、私なりにエラちゃんに似合うデザインのドレスを出したつもりなんですけど…嫌じゃないですか?」
「全然!むしろこんなに私好みのドレスは初めてだよ」
この家で暮らしていたころは舞踏会用のドレスなんて買って貰えなかったし、結婚後はパートナーと同じようなデザインでなくてはいけなくて夫に似合うことが優先された。
「気に入っていただけたなら良かったです!」
そう笑うノアはいつの間にか私のドレスと似た、舞踏会で着ていてもおかしくない服装に変わっている。
「ノアもカッコいいよ」
「ありがとうございます。エラちゃんにも私にも似合うデザインとか色とか…頑張って考えたのでそう言ってもらえて嬉しいで…と、ここでずっと雑談していたら舞踏会が終わってしまいますし、行きましょうか」
ここが最初の分岐点だろう。上手くいけば未来は大きく変わる…さあ、ここからが正念場だ。