第5話 風呂場にて。
「・・・・・・疲れたのぉ・・・・少し休憩とか」
「しませんよ?」
こんなやりとりを何回見ただろう。
昨日の旅立つ宣言から一夜明けて、朝早く家を出たまではよかったのだが・・・・・。
なんともまぁ、リリアの体力が無さすぎる。
30分歩いた程度ですぐ休憩じゃあ全然進まない。
フィオ曰く、近くの村までは歩いて半日ほどかかるらしい。
今は、半日かけてようやく目標の半分くらい。
つまり、このままじゃ夜までに村に着けない可能性がある。
寝込みを魔物に襲われる危険性を考えて、それだけは避けたい。
「うぅ〜・・・・リョウ〜」
リリアの上目遣い攻撃に一瞬たじろぐが、なんとか耐えた。
「・・・・ほら、早く行こう」
そう何度も同じ手は通用しない。
この上目遣い攻撃のせいで、何回リリアの我が儘を聞いたかわからないからな。
「むぅ・・・・・・」
リリアは頬を膨らませながら、何かを思案するように唸りだした。
「・・・・ならば、おんぶしてくれんかのぉ?そうすれば、先に進める。我は疲れない。ほら、いいことづくめだの!」
まるで子供のように(見た目は子供だが)キラキラと目を輝かせながら俺を見てくるリリア。
「・・・・・はぁ・・・・リリア、恥ずかしくないのか?」
「・・・恥ずかしさと疲れるのを比べてみよ。どちらが勝ると思う?」
・・・・・俺的には、多少疲れてでも恥ずかしいことはしたくないんだけどなぁ。
「リョウ。マスターに、常識を求めるのは酷ですよ」
そんなフィオの言葉が一番残酷な気もするが・・・・まぁ、リリアに常識というものが無いのは薄々感づいていたから反論はしない。
「ふ、フィオ!ちと師匠に向かって失礼ではないかの?」
「マスターが、もっと師匠らしい態度をとってくれればいいんですけどねぇ・・・・」
「むむむぅ・・・・・今回ばかりは、流石に」
「ほら、早く行こうって」
「ぬぉあっ!?な、何をするのじゃ!?」
立ち止まって、今にも喧嘩を始めそうな二人に呆れながら、リリアを抱き上げる。
二人が口喧嘩を始めたら、かなり長引くのだ。
しかも、機嫌が悪くなった二人は俺に八つ当りしてくるし。迷惑極まりない。
・・・っと、それよりもリリアって思ったより軽いな。
ちゃんと飯・・・・食べてるよな?運動もろくにしないのに、どうなってんだコイツの体は。
「何をって、疲れてるんだろ?少しくらいなら、支えてやるからさ。・・・友達だしね」
リリアは顔を赤くしながら、うぅ〜と口を尖らせる。
「し、仕方ないのぉ。そこまで言うなら、少し甘えさせてもらおう」
俺はリリアの言葉に苦笑しながら、はいはい、と曖昧に返事をしておいた。
結局、お姫様抱っこというおんぶするよりも恥ずかしい格好で、村までの道を歩きだした。
「・・・・・・まったく、ズルい・・・いや、甘いんですよ、リョウは」
そんなリョウの後ろに、じとっとした目をしながらフィオが続く。
彼女の呟きは、誰にも届くことはなく消え失せた。
☆☆☆☆
日が沈みかけ、空が茜色に染まる頃、俺たちはやっと目的地に到着できた。
「ふぅ〜・・・疲れたのぅ。早く宿でも探そう・・・・・ってリョウ。座り込むでない。みっともないぞ?」
ぐぬ・・・・この幼女・・・。
俺は乱れる息を整えながら、限界に近くなりつつある足を奮い立たせる。
「マスター、そんな構ってほしいからって辛いことばかり押し付けていると嫌われますよ?」
「うっ・・・・・リョウ、誤解するでないぞ!我は別に・・・って、リョウ!?どこに行くのじゃ!」
「・・・・・・宿、探すんだろう?」
なんかリリアとフィオがごちゃごちゃ言い合っていたが、俺の耳には残らなかった。
宿を探して早く休みたい。
それだけが俺を動かす糧となっている。
フラフラと歩く俺の後ろを、二人が着いてくる。
やばいな・・・二人が俺のことを心配そうに見ている。
「・・・・相当きてるな、コレは」
二人が俺を心配するはずがない。
たぶん、疲れすぎてまぼろしでも見ているのだろう。
だって、二人の場合俺を疲れさせて喜んでいる節があるからな。
(こんなに疲れたのは、中学の時の持久走大会以来か・・・・)
俺は、重くなってきた瞼を擦りながら、必死に宿を探し歩いた。
☆☆☆☆
「・・・・・っ!痛ぇ・・・・」
いつの間に眠ったのか。
俺はベッドの上で上半身を起こす。
身体中が筋肉痛で悲鳴をあげているが、どうやら宿に着いてすぐに寝てしまったらしい。
・・・・それよりも、めちゃくちゃ汗臭い。
まぁ、昨日はかなり汗かいたし仕方ないか。
運のいいことに、この世界にも風呂がある。
宿屋ならば、もちろんあるはずだ。
俺はベッドから降りると、風呂を求めて部屋の中を歩き始めた。
適当にドアを開けていくと、3つ目でようやく風呂場にたどり着けた。
俺は服を脱ぐと、ゆっくりと風呂場のドアを開いて・・・・・・閉じた。
(あ、あれ?・・・・今のは幻覚かなぁ?リリアらしき人がいたような)
目をゴシゴシと擦り、再びドアを開けてみる。
ガチャ。
「さ、さっきから何をしておる!入るなら、さっさと入らぬか!」
そんな声とともに、風呂場に引きづりこまれた。
「・・・・・・え、と。お邪魔しまし」
「さて、背中でも流してもらうかの」
問答無用!とばかりに肩を掴まれた俺は、結局背中を流すはめに。
石けんであわ立っているスポンジを2、3度揉み、さらに泡を立てる。
「な、なぁ・・・・リリアって何歳だっけ?」
「ん?言うておらんかったか?我はピチピチの18歳じゃ」
・・・・・・合法ロリですね、わかります。
「・・・・恥ずかしく、ないのか?」
18歳の女の子が、彼氏でもない男に裸を晒していいものだろうか。
見た目幼女だから、と言っても、どことなく“女性”としての雰囲気を纏っているわけで・・・・そそり立つ“もの”を抑えるのはとても大変だ。
「・・・・・恥ずかしいに決まっておろうバカ者め」
そう言いながらも、リリアはどことなく嬉しそうに微笑む。
「なら、どうしてこんな・・・・」
俺がそう質問すると、リリアは八重歯をむき出しにしてニッと笑った。
「今はまだわからぬ。・・・・・しかし、念のためじゃよ」
リリアの言っていることの意味がわからず、俺は首を傾げる。
「とにかく、さっさと背中を流してくれんかの?・・・・邪魔が入らんうちにな」
邪魔、ってのはよくわからんが、早くしないと精神的にも肉体的にもよろしくない。
俺はスポンジをゆっくりとリリアの背中に当て、動かし始めた。
「・・・・・・・・んっ」
「どうかしたのか?」
リリアが突然声を出したので、もしかしたら力が強すぎたのか?と不安になり、質問してみる。
「な、なんでもないっ!!」
リリアは顔を赤くしながら、顔を伏せる。
「??・・・・もし痛かったりしたら、ちゃんと言ってくれよ?」
「ふ、ふむ。わかっておる」
俺はリリアの返事に一つ頷き、止まっていた手を動かし始めた。
「・・・・ッ!!・・・んんっ・・・・・・んぅっ・・・・はぁ・・・」
「・・・・本当に大丈夫なのか?」
リリアの息が、どんどん荒くなってきた。
特に、腰付近に手がいくたびにリリアの反応がなんというか・・・・めちゃくちゃエロい。
これじゃまるで、喘いでるみたいな・・・・・・・ま、まさかそんなわけないよね。
どうせくすぐったいとかそういうのだろう。
子供(見た目が)だしな。
「も、もうよい!体は自分で洗うから、そっちは自分のことをするのじゃ!」
リリアは怒ったように俺の手からスポンジをかっ攫うと、ゴシゴシと自分で背中を擦り始めた。
(・・・・・・最初から自分でしろよ・・・・)
俺はそんなことを思いながら、リリアの裸をなるべく視界に入れないように気を付けつつ、自分の体を洗い始めた。
髪の毛も含めちゃっちゃと洗った俺は、筋肉痛を癒すべく湯槽に浸かる。
と、いまさらながら一つの疑問が。
「なんで俺の部屋にリリアがいるんだ?」
俺の正面で、はにゃぁ〜と顔を緩ませてお湯に浸かっているリリアに質問してみる。
「・・・・ん?覚えておらんのか?言ったであろう。宿賃を無駄にしない為に、我らの部屋を同じにすると」
「・・・・・・聞いてないんですけど」
「・・・・細かいことは気にするでない」
「・・・ってことはもしかして、昨日の夜は皆同じ部屋だったのか?」
「・・・・そうだの」
「今、フィオは?」
「フィオなら、買い物を頼んだから夕方までは帰ってこないは」
「マスター、ただいま帰りました」
突然のフィオの声に、俺とリリアはバッと風呂場の入り口に顔を向けた。
「お、おいリリア・・・・フィオからこんなとこ見られたら、何されるかわかんないんだが」
この村に来る途中だって、リリアをお姫様抱っこしただけでどれだけ暴言を吐かれたか。
「だ、大丈夫じゃ。・・・・・施錠」
ガチャッ。
風呂場への入り口のドアに、魔法の鍵がかかる。
リリアが魔法を使ったみたいだ。
風呂場は完全に閉鎖された、リリアはこう見えてもかなり優秀な魔法使いだし、これで少しは安心できるかな。
「あれ?マスターお風呂ですか?」
フィオの声がドアのすぐ向こうで聞こえた。
「う、うむ。・・・そ、それよりも帰ってくるのが少々早かったのではないか?」
「あぁ、実は一つの店でだいぶ揃えることができたんですよ・・・・・・それより、リョウはどこかに出かけたんですか?」
フィオの言葉に、横目で俺をちら見しながらリリアが答える。
「さぁの?我は知らぬが」
「じゃあ、ここに落ちているリョウの服はなんなんですか?」
そういえば、服脱ぎっぱなしだったな・・・・・。
「・・・・・・・・・」
リリアはフィオの言葉に無言で返答する。
「もしかして、マスターと一緒にお風呂に入ってるなんてバカなことはないですよね?」
「・・・・・・・・ごめんなさいフィオ様」
俺は先手必勝とばかりに謝る。
「・・・・・・・・・壊れろ」
フィオの低い声とともに、風呂場のドアが粉砕された。
その光景に、俺とリリアは目を丸くする。
なんせ、あのフィオが魔法を使ったのだ。
旅に出る前だって、フィオは一度も魔法に成功したことはなかった。
召喚の為に俺の世界へ来たのだってリリアの魔法だったらしいし。
後から弟子入りした俺が先に魔法を使って、とても悔しそうにしていたフィオの顔は今でも覚えている。
そのフィオが、魔法を成功させたのだ。
ドアの向こうに立っていたフィオ本人でさえ成功するとは思ってなかったのだろう。
何が起きたのかわからず、呆然と立っていた。
・・・・・のも僅か数秒。
フィオは、俺とリリアが湯槽に浸かっているのを見た途端、顔を赤くして目に涙をためた。
「そうですか・・・・もういいです。わかりました」
そう言い残して、フィオは去っていく。
そんなフィオの行動の理由なんて考える間もなく、俺の体は勝手に動いていた。
体を乱雑に拭き、新しく用意していた服に着替える。
「・・・・・・・頼んだからの」
そんなリリアの一言に頷き、筋肉痛の痛みなど忘れてフィオの後を追う。
友達にあんな顔をさせた。
ただ、謝りたい。
そんなことを思いながら。