第21話 賢者の塔。
俺は今、かの有名な賢者の塔の中にいる。
普通、一般人はいくら金を積んでも入れないらしいのだが・・・・・。
「ねぇ、リョウ。せっかく友達になったんだし、ぼくの部屋に遊びに来ない?」
というカナデちゃんの一言で、俺は塔の中へ入ることになった。
塔の警備の人の視線が痛い。
それもそのはず。
普通、かなりの検査、審査を受けないと入れないこの場所に、あっさりと入っているのだから。
それよりも一番の問題は、カナデちゃんが俺の手を握って放さないことである。
憧れの七人の内の一人が、どこの馬の骨とも知らない奴と手を繋いでいるのだ。
街の中を歩いているときも、嫉妬の視線が俺の精神を蝕〈むしば〉んだ。
塔の中に入ってからは、それも数倍になっている。
(・・・・俺としては、街を歩いてたときにリリアたちから見つかっていないかの方が心配なんだけどな)
もし見つかっていたら、どんなお仕置きをされるか・・・・・。
俺はブルッと身を震わせた。
「??リョウ、どうかした?」
心配そうに俺を見てくるカナデちゃんに、俺は首を左右に振って何でもないことを伝える。
「では、こちらです」
ムーたんから案内されたのは、小さな部屋だった。
ちょうど三畳分くらいの部屋の中心には、幾何学的な魔方陣が描かれている。
どうやら、転移の類のものらしい。
俺は案内されるがままにその上に乗る。
それを確認したムーたんが、淡々とした声で呪文を唱えた。
「風によって導け・・・・・・・14000〈ひとよんまるまるまる〉に転移」
すると、前髪が少し揺れる程度のそよ風が吹く。
瞬間。妙な浮遊感とともに、視界が変わった。
目の前に広がるのは、先ほどの狭い部屋の数倍以上はある広い部屋。
部屋の中には、いたるところに可愛らしいぬいぐるみが転がっていた。
「ようこそっ!ここがぼくの部屋だよ!」
カナデちゃんは、ニコニコと嬉しそうにそう言った。
「では、私は他の方々へ報告に行って参りますので二人はごゆっくりと」
ムーたんはそう言うと、再び魔方陣の上に戻り、呪文とともに消えた。
「ねぇねぇ。何して遊ぶ?ぼく、あんまり遊びとかわかんないから教えてよ」
先ほどとは打って変わって、カナデちゃんは普通の女の子のようにはしゃいでいる。
「そうだな・・・・まずはーーーー」
カナデちゃんに感化されてか、俺も少しばかりテンションが上がっているので一緒に遊ぶという提案には賛成なのだが・・・・・ゲームとかばっかりやってた俺には、道具を使わずに遊ぶ遊びが思いつかなかった。
・・・・・・ゆとり乙。
自分で自分を蔑むも、何か遊びを思いつくわけではない。
さて、どうしたものかと思案していると、カナデちゃんがコッチコッチと手招きをしている。
何かあるのか、と首を傾げながらそっちへ向かうと、カナデちゃんは頬を赤く染めながら、恥ずかしそうに俺を見た。
「ぼく、えっちな遊びでもいい」
「却下」
「む〜・・・・なんでさ」
なんでさ、と言われてもなぁ。
「俺には幼女とそんなことをする趣味はありません」
「ぼっ、ぼくは立派な大人だもん!」
「・・・・・・へ〜」
俺が訝しむような目でカナデちゃんを見ると、カナデちゃんはトタトタとどこかへ走っていき、息を切らせながら戻ってきた。
「ほらこれ。ぼくが大人っていう証拠」
えへんとない胸を張るカナデちゃん。
彼女の手に握られていたのは、身分を証明する紙だった。
「・・・・・偽装?」
「ちっ、違うもん!ぼくはれっきとした16歳!!」
なんなんだこの世界。
リリアといい、カナデちゃんといい。
こんなに発育の悪い成人たちがなぜいるんだ?
ちなみに、この世界の成人は15歳である。
「神様のイタズラか」
「うぅ〜・・・・今のは酷いよね?」
「・・・・・冗談だ」
俺は苦笑しながら、いじけているカナデちゃんの頭を撫でる。
俺のキャラが崩壊しかかっているのは、いじりがいのあるカナデちゃんが悪いんだ、きっと。
「とりあえず、何かしようよ!・・・・・・そうだ!」
カナデちゃんは何か閃いたのか、おもむろにベッドの下を探り始めた。
「ん〜?どこかなぁ・・・・・・・・・・・あった!」
そんな声とともにカナデちゃんが取り出したのは、一枚の布。
「・・・・・な・・・んだと・・・・」
その布には、黄、青、赤の丸い模様が斑状に描かれている。
俺の記憶が正しければ、それはまごうことなき“ツイスターゲーム”のそれであった。
「ねぇ、カナデちゃん」
「・・・ん?どうしたの?」
「いや、それってもしかして・・・・・・」
俺が布を指差すと、カナデちゃんは驚いたように俺を見た。
「リョウ、これの遊び方知ってるの?」
「・・・・・・まぁ」
「へ〜・・・・なんか、昔の勇者様が持ち込んだ遊びらしいんだけど、この塔外の人が知ってるなんてびっくりだよ〜」
・・・・・・本当に、その勇者は何を考えてるんだろうか。
持ち込むならもっとマシなものを持ち込めよ・・・・。
「ま、まぁな。実は俺ーーーーー」
「やっほー!!」
異世界人なんだよ、と。
言おうかと思ったら誰かの声に邪魔をされた。
魔法陣の上に突然現れ、勢いよく部屋の中に入ってきたのは3人の女の子。
どうやら俺の言葉を邪魔したのは、三人の内一番前に出ている女の子のようだ。
短髪で、ボーイッシュなイメージがするその子は、にやにやと笑いながらカナデちゃんを見ている。
「ふっふ〜ん・・・・カナデってば、男なんて連れ込んでどういうつもりなのかな?」
「・・・・・・うるさいのがきた」
そんなボーイッシュガールから目を逸らしたカナデちゃんは、手に持っている布をギュッと握り締めた。
「・・・・・・抜け駆け」
「カナデの分際で、少し、調子に乗っているみたいですわね」
そのボーイッシュガールの後ろにいた二人が、それぞれ前に出てきた。
口数の少なそうな女の子は、分厚い本に視線を固定したまま呟き、もう一人の、お嬢様といった感じの金髪の女の子は、威圧的にカナデちゃんを睨んだ。
まるで怯えたようなカナデちゃんの様子に、この三人がカナデちゃんの“敵”であることはだいたい察しがついた。
「ねぇ、そこのお兄ちゃん。カナデなんかといないで、こっちに来なよ」
ボーイッシュガールのそんな言葉に、カナデちゃんが小さく震えた。
不安そうな目で、俺をチラ見するカナデちゃん。
俺はそんなカナデちゃんの不安を取り除くように、優しくカナデちゃんの手を握った。
「嫌だ。俺は、カナデちゃんの友達だからね」
「・・・・・・・ふ〜ん。なら、無理矢理にでもこっちにきてもらおうかなぁ・・・・」
ボーイッシュガールがそう言うと、他の二人は待ってました、と言わんばかりにニヤリと笑った。
三人は、それぞれ呪文のようなものを唱え始める。
「大丈夫だよ。ちょっとビリッとして、私たちのことが好きで好きで堪らなくなるだけだから」
「・・・・・実験」
「カナデの友達とやら・・・・思う存分、こき使わせてもらいますわ」
三人の魔力が形を成していき、それは大きな矢となった。
「「「解放〈リリース〉」」」
「ッ!?危ないっ!!」
カナデちゃんは俺の腕を掴むと、言葉を唱えた。
「瞬転!!」
とたん、俺の視界はさっきのものと変わっていた。
俺がさっきまでいた場所は、魔法の矢に大きく抉られていた。
「チッ・・・・瞬転とはムカつく魔法を使いますわね・・・・・」
金髪は歯噛みし、再び俺たちの方に視線を向け、呪文を唱え始める。
他の二人も、同じように呪文を唱え始めた。
「・・・・ぼくの力じゃ、あと数回しか瞬転できない・・・・・・・けど、リョウは、絶対に守るもん」
カナデちゃんと三人の間にどんな問題があるのかはよくわからないが、俺は友達として、カナデちゃんを守りたいと思った。
このままでは、カナデちゃんもあの魔法に巻き込まれる危険性がある。
(何か・・・・・何かないのか?・・・・あんな魔法をくらうのは、こっちとしてもゴメンだ)
ドクンッ!
突然、ローブの内ポケットが脈を打った。
その場所に入れているのは、リリアたちに渡そうと思っていた例の黄金櫃。
魔法によってコンパクトなミニカーサイズに縮めているも、その脈動は確かなものであった。
『護りたいなら、言葉にして』
不意に、俺の頭の中にそんな言葉が響いた。