第15話 苦手の理由。
・・・・文章力に、こうも波があるのは何故だろうか・・・・・・。
しばしの間、憂奈ちゃんの笑顔に見惚れてしまっていた俺は、顔をブンブンと左右に振る。
(し、しっかりするんだ、俺・・・・・)
憂奈ちゃんから目を逸らし、深呼吸を何度か繰り返す。
「涼・・・・君・・・?」
憂奈ちゃんはそう呟きながら、俺に近づいてきた。
ネグリジェのようなもの1枚しか着ていない憂奈ちゃんは、体のラインがかなり目立っている。
前会った時より、明らかに成長してるなぁ・・・・と、俺は余計なことを考えて隙を見せてしまった。
「・・・・涼君!!」
ぴょん、とすさまじい勢いで俺に飛び掛かってくる憂奈ちゃん。
どうやら、異世界へ来た影響で身体能力がかなり上昇しているらしい。
しかし、俺も少なからず体を鍛えていたわけで。
間一髪のところでそれを避けた。
ドカッ、と、鈍い音と共に部屋の扉に顔面から突っ込んだ憂奈ちゃん。
あれはかなり痛いはずだ。
「うぅ〜・・・・・・・・・涼君が、涼君が・・・・」
ペタンと女の子座りをして、体をわなわな震わせている憂奈ちゃんを見ていると、少し可哀想になってきた。
「「憂奈様!?」」
憂奈ちゃんの左右で寝ていた二人が、ベッドから飛び降りて憂奈ちゃんに駆け寄る。
いつの間に起きたのか。
「憂奈様、大丈夫ですか!?」
二人のうち、銀髪を後ろで二つに結び分けている女の子が憂奈ちゃんの背中を撫でる。
「貴様ァ!!憂奈様はこの世界の救世主なのだぞ!!その憂奈様になんてことをするんだ!」
もう一人の女の子、銀髪をショートカットにした女の子が俺に吠える。
見た感じ、二人は姉妹のようだ。
「・・・・・・悪い」
俺はボソッと謝る。
抱きつこうとしてきた憂奈ちゃんにも非はあるよな?
そんなことを考えていると、自然に声が小さくなってしまった。
「な、なんだその態度は!!」
銀髪ショートの女の子は、立ち上がって俺をギッと睨む。
・・・・・・俺、何かしたのだろうか。声が小さかったのが不満だったのか?
「憂奈様を睨むとは・・・・・礼儀がなってない!」
・・・・・・この目は生れつきだ。
と、扉の向こうから微かだが笑い声が聞こえてきた。
シオンが笑っているらしい。
・・・・覚えとけよ、アイツ。
俺はこめかみをひくつかせながら、シオンにどんな鉄拳制裁を下そうかと思案する。
「・・・・涼君はいつからそんな風になったの?」
ふらふらと体を揺らしながら憂奈ちゃんが立ち上がった。
「涼君は憂奈のものなのに・・・・・」
黒い何かを纏った憂奈ちゃんは、ゆっくり俺の方に体を向けると、おぼつかない足取りで前進した。
俺はそれから逃げるように後ずさる。
俺が、憂奈ちゃんを苦手な理由。
それは、憂奈ちゃんのこの性格にあるのだ。
「ねぇ・・・・涼君、なんで憂奈から逃げるの?」
俺はとめどなくでてくる冷や汗を拭いながら、憂奈ちゃんの後ろにいる銀髪二人組に視線を向ける。
・・・サッ、サッ。
両方とも俺から視線を逸らしやがった。
さっきは強気だった銀髪ショートの方は、涙目になっている。
それほど、今の憂奈ちゃんが恐ろしいのであろう。
「憂奈ちゃん、少し落ち着こうか」
俺の頭の中に、憂奈ちゃんが起こした数々の出来事が浮かんでくる。
不良の件の次の日から、憂奈ちゃんは俺に付き纏うようになった。
裕也曰く、憂奈ちゃんは、俺が不良から憂奈ちゃんを助けたとか思っているらしい。
そんで俺に一目惚れしたと。
そこまでだったら普通に嬉しい。
しかし、憂奈ちゃんの行動はどんどんエスカレートしていったのだ。
具体的に言うと、ストーキングされるようになったり、朝、目が覚めると横にいたり。
『俺の妹、少しヤンデレみたいだからさ。・・・・頑張れよ』
とは、裕也の言葉である。
そう。そうなのだ。
憂奈ちゃんは、その兄も認めるほどのヤンデレで、しかも、かなり執着心が強い。
ガッ、と足が何かに引っ掛かった。
気づけば、俺の体はベッドの上に。
どうやら、後ろにベッドがあるのを忘れて後退したため、それに足をとられたらしい。
俺は、すぐさま体を起こそうとーーーーーー「逃げちゃ、やだよ?」
俺が体を起こす前に、憂奈ちゃんが俺の上に飛び乗ってきた。
俺は、恐る恐る憂奈ちゃんを見る。
「・・・・・ずっと、寂しかった」
憂奈ちゃんは、目に涙をためてポロポロと流し始めた。
そんな姿を見ていると、今まで何に怯えていたのか、と自分が恥ずかしくなる。
寝起きだからか、いつものツインテールではなく、髪をおろしている憂奈ちゃんの顔は、普通の女の子のそれであった。
☆☆☆☆
「・・・・・・そっか」
憂奈ちゃんから退いてもらい、その横に座りながら、俺と憂奈ちゃんは色々と話をした。
俺が転校してからの憂奈ちゃんの苦しみ、自分が少し病んでいたことに気づき、それを治そうと頑張ったこと。
学校の帰りに、異世界に召喚されたこと。
そして、船に乗り込む俺を見たときの心境。
全部、話してくれた。
裕也の奴は、前より少し元気がなくなったけど、それなりにやっているそうだ。
俺としては、それが聞けただけでも嬉しかった。
「だから・・・・涼君には、憂奈を怖がってほしくない」
憂奈ちゃんは、涙ながらにそう言った。
「・・・・・・別に、怖がったりしないよ。俺、憂奈ちゃんのこと嫌いなわけじゃないし」
俺は照れながらそう言った。
憂奈ちゃんがヤンデレだった時も、俺は憂奈ちゃんが嫌いなわけじゃなかったし。
可愛い女の子から愛されるのは、それが重くても苦にならないから。・・・・・・なんてね。
俺は苦笑しながら、そんなことを考えていた。
「・・・・・・やっぱり、涼君は涼君だったね」
憂奈ちゃんは、少し見ない間にかなり変わっていた。
俺はそれを喜ばしく思い、部屋の中はまったりとした雰囲気になってーーーーーーーーー「ここにはお探しの人はいませんよ?」
突然、シオンの焦ったような声が聞こえてきた。
いったい何事かと耳を澄ましていると。
「いえ、間違いありません!ここから、リョウ様の匂いがします!」
・・・・・声からするに、ユウリか?
なんでまた・・・・・・って、そういえば丸一日近く顔見せてなかったな。
さすがに心配くらいしてくれるか。
「と、ユウリは言っていますが・・・・マスター、どうします?」
「・・・・・・強行突破かの?」
何やら不審な単語が聞こえてきたような・・・・。
「涼君、今の、女の人の声だったよね?」
ず〜んと、憂奈ちゃんが黒いオーラを放ち始めた。
銀髪二人は、こちらに関わりたくないといわんばかりに、扉の方に集中する。
「憂奈ちゃん、ヤンデレ、治ったんじゃあ・・・・」
「“治す努力”だけで、治ったなんて言ってないけど・・・・・それより涼君、今の声が誰か、憂奈に教えてくれるよね?」
「・・・・・・・・・はい」
・・・・訂正。人はそんな簡単に変われるものじゃないと、改めて思い知らされた。
☆☆☆☆
リリアが師匠で、フィオが同期。ユウリは・・・・適当に誤魔化した。
そこまで説明を終えると、憂奈ちゃんの黒いオーラが消え去った。
「涼君の彼女は、憂奈だけだもんね!」
憂奈ちゃんの脳内設定では、俺は憂奈ちゃんの彼氏らしい。
と、扉の向こうが騒がしくなってきた。
「この先は何があっても通しませ・・・・・ちょっ!そ、そんな・・・や・・・・・・・・・」
・・・・・・シオンの声が途絶えた。
俺は心の中で、ざまぁ、と笑う。
イケメンがやられるのは、何か胸の中がスカッとするものがあるな。
ギギギギギ、扉が開き、リリア、フィオ、ユウリが姿を現した。
その顔には怒りの表情が浮かんでいて、俺は目を逸らす。
「リョウ!!」
リリアの声が部屋に響く。
俺が身を震わせると、憂奈ちゃんがリリアたちを睨んだ。
「ここは、憂奈たちの部屋です。何か用ですか?」
「・・・・我は、リョウに用があるだけじゃ」
バチバチバチと、リリアと憂奈ちゃんの視線の間で火花が発生する。
何これ・・・・なんかとてもいたたまれない気分になってきたんですけど。
まるで浮気が見つかった旦那さんのような・・・・・。
「リョウ、私たちは少し話があるから部屋から出ていてくださいね」
フィオがそう言いながら、ニッコリと笑った。
ゾクゥゥゥ!
俺の背筋を寒いものが奔〈はし〉る。
こ、怖ぇぇぇぇぇぇぇえ!!
俺は無言で頷くと、部屋の中からそそくさと脱出する。
そこで軽くため息をつき、扉の前に倒れているシオンを引きづりながら、適当に船の中を歩き回ることにした。




