第10話 路地裏の出会い。
(・・・・・あ、れ?おかしいな・・・・ここはさっき通ったはずなんだが)
俺は、見覚えのある壁の傷を見つけてため息を盛大についた。
え?なんでかって?そりゃあまぁ・・・・・・絶賛迷い中だからですよ。
はっきり言って油断してた。来る時は、魔法という道しるべがあったものの、帰りの道を示すものがないのだ。
蝸牛から迷わされたわけじゃないのに、この歳で迷子になるなんて恥ずかしすぎる。
さて、どうしたものか・・・・・。
俺は色々と思案しながら適当にぶらつく。
恥ずかしいの覚悟で、魔法を使って先ほどの店まで戻り道を聞く、という手もあるが。
「・・・・・しょうがない、か」
・・・このまま迷っていても、ただ時間を浪費するだけだしな。
俺はもう一つため息をつき、魔法を行使する為に呪文を唱えようと口を開いてーーーーーー「こ、来ないでくださぁい!!」
突然、誰かの声が聞こえた。
声的に女の子か。
・・・・路地裏で、女の子の叫び声。
なんというテンプレ・・・・・・。
助けるべきかどうか数秒悩んだ結果、助けなかったら後悔しそうだし・・・・・・・・それに、表へ出る道を知ってるかもだしね。
俺はとりあえず、声が聞こえた方に行ってみることにした。
☆☆☆☆
「ちぃっ!この女、なんて馬鹿力だ!!おい、そっち頼んだ」
「おう!おら、おとなしくしろ!!」
声がした方に進んでいくと、一人の女の子を二人の男が壁に抑えつけていた。
「・・・・・・なぜにメイド?」
女の子が着ているのは、たぶんメイド服だ。
何を考えてるんだろうか。
しかも獣人に近い種族なのか、頭から二つの猫耳が生えてるし。
何故だか、俺の中の“関わらないほうがいいセンサー”がめちゃくちゃ反応している。
とりあえず、なりゆきを見守ることにした。
「は、離してくださいよぉ〜・・・・ち、ちょっと、どこ触ってるんですかぁ!」
「黙れ!ぐっ・・・大人しくヤらせればッッ!!だから、暴れるなって!」
「お、おい、マジで洒落になんねぇ『グチャッ』グハッ!!」
女の子が抵抗するように膝を上げると、右の方の男の股間にクリーンヒットした。
なにか聞いてはいけない音がしたような・・・・。
「も、もうダメ・・・・だ」
ガクッとノックアウトした相方を見て、もう片方の男は顔を真っ青にした。
「・・・・・わかった、今回だけは見逃してや『バコンッ』・・・・見逃して下さい」
男が謝りながら女の子から離れると、混乱して気が動転していたのか、女の子の右手が壁に激突。
壁は、トンカチか何かで殴ったかのように粉砕した。
男が丁寧な言葉になったのも頷ける。
土下座までしている男を見た女の子は、「ふぇっ?」っと妙な声を出している。
どうやら、状況を飲み込めないでいるようだ。
(助けるまでもなかったな・・・・・)
そんなことを思いながら、早くこの場を立ち去ろうと足を動かしかけたその時。
「へ、変態!!」
女の子は土下座している男を蹴り飛ばした。
きっと、あのメイド服の短いスカートの中にあるものを男が見ようとした、なんて“誤解”でもしたのだろう。
ドカンッ!
背中から壁に叩きつけられる男。
「り・・・・理不尽だ・・・」
男が呟いたそんな一言は、俺の同情心を揺さ振るには十分だった。
とりあえず、俺が今しなければならない事は2つある。
1つ、悪いのは男たちの方なのだろうが、結果的に見て悲惨な姿になっている二人への合掌。
2つ、この場からの早急な離脱。
俺は素早く合掌を済ませると、女の子に背を向けーーーーーー「あ、あのっ!!」
「地は蛇となりて、捕縛せよっ!!」
思わず魔法を唱えてしまった。
この魔法を使うのは2度目だし失敗はないはーーーーーーー「な、何か気持ち悪いですっ!」『バキンッ!』ず・・・・・・アレ?
今の魔法は土で出来た紐だぞ?柔軟性と頑丈さを兼ね備えた、俺の知ってる中で一番レベルの高い拘束用魔法が、“ちぎられる”なんて思わなかった。
「い、いきなり何をするんですかっ!?」
ギッと睨んでくる女の子。
俺は全力で逃げ出した。
先ほどのやりとりを見ていて、あの女の子と旗を立てたいってやつはさすがにいないよな?
俺はなりふり構わず走り回った。
グネグネと続く路地裏は、まるで迷路のようだ。
「ま、待ってくださいよぉ!」
・・・・・元々体力がなかったとはいえ、リリアの家での修業で体力にだけは自信が持てるようになった・・・・はずなんだが。
そんな俺をピッタリと追いかけてくるあの馬鹿力猫耳メイドさんは何なの?
ていうか、何で追いかけてくるんだ?俺、何かしたか?
・・・・もしかして、あの男たちの仲間だと思われていたり?
・・・・・し、死亡フラグだ・・・。
と、一筋の光とともに、路地の終わりが見えてきた。
人の声がザワザワと聞こえてくる。どうやら、適当に走り回っているうちに表通りへ到着できたみたいだ。
「よし、人混みに紛れて逃げればなんとかなるは「待ってくださいって!」『バキボキッ』ギャァァァァア」
リョウは表通りへ出る前に、屍となった・・・・・。
もとい、それに近い状態になっている。
リョウとかなり距離を詰めていた馬鹿力猫耳メイドは、最後の一手とばかりに、リョウに飛び付いたのだ。
リョウは、馬鹿力猫耳メイドの豊満な胸の感触を楽しむ間もなく、地へ伏せた。
突撃の衝撃と、飛び付かれた、いや、正確に言うと抱きつかれた時か。
その時に、メイドの両腕から挟まれた肋骨〈あばらぼね〉が、まるで万力か何かから挟まれたような衝撃を受け、普通人体から発せられるはずのない音を奏でたのだ。
「・・・・す、すみませんっ!」
そんな俺に馬乗りしている馬鹿力猫耳メイドは、俺のグッタリした様を見て、あたふたと慌てだした。
どうやら、俺を殺しに来たってわけじゃなさそうだ。
「な、何か用?」
俺がそう問い掛けると、馬鹿力猫耳メイドは、キリッと表情を真剣なものにした。
「実は、ですね・・・・折り入って頼みたいことが」
「拒否していいか?」
「ま、まだ何も言ってませんよぉ!」
いや、言わずとも嫌な予感をひしひしと感じるからな。
聞くまでもないだろ?
「実は、私、ご主人様を探していたんですっ!」
「・・・・・・・・・・」
「あなたは、私の運命の人なんですっ!だから、宜しくお願いします!」
(・・・・い、意味がわからない・・・・・しかし、ここで断るのももったいな・・・いや、かわいそうだしな・・・・)
「と、とりあえず話だけでも聞かせてもらえるかな?・・・・・それと、そろそろ降りてくれるとありがたい」
あわわわ、と俺の上から飛び降りる馬鹿力猫耳メイド。
「す、すいません・・・・・」
そう言った馬鹿力猫耳メイドの耳が、脱力したように折れた。
か、可愛い・・・・。
俺は、あまりの可愛いさに抱きつきたくなったが、その衝動をなんとか自重した。
とりあえず、宿に戻りながら色々と話をしてみよう、と思い、立ち上がる。
軋む肋骨を手で擦りながら、これヒビくらい入ってんじゃないの?と涙目になりつつ、表通りへと足を踏み出した。