君たちと友達になりたいんだよ。
もうすぐ夏休みですね〜☀︎
僕は『夏の友』。そう小学生の夏休みの宿題用冊子だ。きっと僕に『夏の友』と名付けた人は、僕と子ども達が仲良くなることを望んでいたんだろうな、と思う。
でも、現実はみんなと友達になるのは難しい。それでも今年も頑張るぞ!
担任の先生が子ども達に僕を配り始めるとあちこちから「げー!」とか「こんなの友じゃないし」とかいう非難の声が上がる。一瞬挫けそうになるけれど、ここで負けてはいけない。
だってこれから一か月以上の間、僕はこの子達と過ごすのだから。
∋
つよしくん。
彼はおっちょこちょいな所がある。授業中に机から教科書や筆箱を落としたり、曜日を間違えて時間割を持ってきたりする。
朝の十時。つよしくんはリビングのテーブルで僕に取り組む。朝からきちんと勉強するんだね。えらいな〜。外は既に三十度を超えている。蝉の声も賑やかだ。
つよしくんの側にはコップ一杯のオレンジジュースがある。氷が入っているせいで、コップの表面には雫がついている。僕に取り組みつつ時々オレンジジュースで喉を潤す。
順調に僕に取り組んでいたつよしくんがページをめくった時だった。ガツンと音がした。「あぁっ!」と叫び声をあげるつよしくん。
僕の表紙がひたひたと濡れていく。そう。つよしくんはオレンジジュースをこぼしたのだった。僕を真っ先に助けて欲しかったのだけれど、つよしくんは側にあったティッシュをばんばん抜いてテーブルと床を拭き始めた。
ある程度拭き終わると、今度はねちゃねちゃするらしく濡らした布巾と雑巾を持ってきてテーブルと床を拭く。
『あのぉ〜。僕のこと忘れてない? 僕、かなりびちゃびちゃなんだけど……しかもページが波打ってきちゃったよ』
僕はそう呟くも、もちろんつよしくんには届かない。ひととおり拭き終わるとつよしくんはようやく僕に目を向けた。
「あー、もうこれ、ねちゃねちゃだしできないや」
『! ! あきらめるのっ⁈』
∋
めぐみちゃん。
この子は気が強い。悪戯をする男子に先生が使うでっかい三角定規を投げつけたり、女子の中でも一番口が達者だ。誰にも負けない。時には先生をも負かせる。
でも、正義感が強くてクラスメイトが誰かをからかったりいじめたりすると「それはダメだよ!」ときちんと主張する。頼もしい。
夏休みに入って一週間立った頃、ようやくめぐみちゃんは僕を手に取った。ぱらぱらと最後まで僕を確認すると突然、びりっ、びりっ、びりっと僕の何ページかを破いてゴミ箱に捨てた。たぶん、めぐみちゃんが苦手な単元の部分だ。
『ねぇ、量を勝手にへらさないで〜』
∋
ゆりちゃん。
おっとりしていてマイペース。みんなが我先にと並ぶ給食の列にもゆっくり最後に並ぶし、係を決める時もみんなが話し合うのを「うん。うん」と聞いて、まんまと面倒な係を押し付けられたりしている。
そんなゆりちゃんはとんでもない度胸の持ち主だった。僕を学校の机の中に置いて帰ったのだ。だから、ゆりちゃんと夏の友になるはずだった僕は、机の中にぽつんと置いてけぼりにされている。
お母さんに「夏のドリルみたいなのないの?」と聞かれても「今年はない!」と断言していたという風の噂を聞いた。
『ゆりちゃん。二学期初日から先生に叱られるよ☆ だから僕を迎えにきてーっ!』
∋
たくと君。
クラスのムードメーカーのような存在だ。できる、できないをはっきり言う潔さがある。ただ、クラスメイトを好き嫌いで分けようとする傾向があるから、担任の先生はそこに目をやってほしい。
たくと君は夏休み一日目にして僕を終えた。一日では僕も友達になった気がしない。なぜ、一日で終わったのかというと、潔いたくと君はそれを生かして簡単な問題だけ答えて後は全部「わかりません」「知りません」と記入したからだ。
『ねぇ〜もうちょっと考えてよぉ〜』
∋
まなぶ君。
一学期の学級委員だった。真面目で勉強がよくできる。運動はちょっと苦手みたいだけれど。
そんなまなぶ君は夏休み初日から僕のページをめくってくれた。鉛筆が優しく僕の紙面を走るのが心地いい。こんなふうに全部きちんとこなしてくれるのは嬉しいなぁ。
『僕と友達になってくれてありがとう』
∋
いろんな子どもがいるけれど、こうやって真に僕に向き合ってくれる子どもがいるから僕は『夏の友』を続けられるんだ。
読んでいただき、ありがとうございました。