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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第十三章 離れて、近づいて、もっと近づく。
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第九十四話



「ゆ、湯希くんのお面が……! ど、どうしよう……!」

「杏咲先生、大丈夫だから。落ち着いて……」


 お面を拾い上げて狼狽えている杏咲を落ち着かせようと、透はその背をそっと叩く。そこに何ともタイミング悪く、団子を買った子どもたちが戻ってきてしまった。


「杏咲ちゃん、透! 見て見て! おれな、いちごのだいふくにしたんやで…って、どないしたん?」


 一番に店から出てきた吾妻は、焦った表情で視線を彷徨わせている杏咲に気づいて首を傾げる。そして、杏咲の手元にあるぱっきり割れてしまったお面を見て、目を見開いた。


「それ、湯希のお面……やんな?」

「前を見ないで走ってきた妖にぶつけられて落としちゃってね。その時に踏まれちゃったんだよ」


 杏咲の代わりに透が答えた。


「せやの? ……杏咲ちゃんはけがしてないん?」

「うん、私は全然大丈夫だよ。だけどお面が……」

「せやな……湯希、そのお面めっちゃだいじにしてるもんな……」


 吾妻は悲しそうに眉を下げてお面をじっと見つめている。そしてそんな吾妻の後ろから、会計を済ませたらしい玲乙と湯希も戻ってきた。

 好きな団子を買えたようでほくほくと緩んだ表情をしていた湯希だったが、杏咲の手元にある割れたお面に気づくと、その顔を一瞬で強張らせる。


「湯希くん、本当にごめんね。お面、割れちゃって……何とか直せないか頑張ってみるか、」


 杏咲の言葉を遮って、湯希はその手からお面を奪い取った。真っ二つに割れたお面をじっと見て――かと思えば、そのお面は湯希の手をすり抜けて落下する。


 カラン、と。地面にお面がぶつかった音が反響した。


「……先生なんて、だいきらい」


 顔を持ち上げた湯希は、泣いていた。自身の着物の裾をぎゅっと握りしめながら、ポロポロと大粒の涙を流している。


「ゆ、湯希! あんな、杏咲ちゃんにぶつかってきた妖がおってな、そんで落っこっちゃったんや! でも、おれもいっしょになおせるようにがんばるから、やから……元気だしてや……!」


 湯希を慰めようと、吾妻が湯希の手をそっと握ろうとする。けれど湯希はその手さえも拒絶するように、勢いよく振り払った。


「……吾妻には、わかんない」

「へ?」

「お父さんとお母さんからから愛されて育った吾妻には……おれの気持ちなんて、わかるわけない」


 グッと下唇を噛みしめた湯希は、吾妻を睨み付けるようにして一瞥したかと思えば、この場に背を向けて、一人で走って行ってしまった。


「湯希‼ ……杏咲先生、俺は湯希を追いかけるね。二人のこと、お願いしてもいいかな」

「っ、はい」


 湯希一人での行動は危険だと考えた透が、直ぐにその背を追いかけた。そして、この場に残った三人の間には、何とも言えない重たい空気が流れる。

 杏咲の隣では、吾妻が静かに俯いている。泣いているかもしれないと杏咲は思ったが、吾妻は泣くのをグッと堪えて、湯希に振り払われた小さな掌を固く握りしめていた。


「吾妻くん、玲乙くん。……帰ろうか」

「……そうですね」

「……ん」


 ――私の不注意のせいで、湯希くんだけでなく、吾妻くんまで傷つけてしまった。


 三人での帰り道。けれどそこに会話はなく、いつもの和やかな雰囲気も感じられない。隣で寂しそうな顔をしている吾妻を見て、杏咲は後悔の念に苛まれていた。


 杏咲は湯希が落としていったお面を胸元にしっかり抱きながら、泣いていた湯希の顔を思い出して――何とか綺麗に修繕する方法はないものかと、必死に考えた。



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