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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第十三章 離れて、近づいて、もっと近づく。
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第九十三話



「おっかいもの~! おっかいもの~! たっのしい、たっのしい、おっかいっもの~!」


 吾妻が自分で作詞作曲したらしい“お買い物の歌”を口遊んでいる。手を繋いでいる杏咲がにこにこと笑っているのに対して、吾妻と反対の手を繋いでいる湯希は迷惑そうな顔をして顔を顰めた。


「……吾妻、うるさい」

「吾妻、ちゃんと前を見て歩かないとぶつかるよ」


 そして杏咲たちの数歩後ろには、透と玲乙の姿があった。透に注意された吾妻はへらりと笑いながら後ろに顔を向ける。


「ん~、わかっとるって!」


 そう言った矢先に足をもつれさせて転びそうになった吾妻だったが、両隣にいる杏咲と湯希に手を引かれたおかげで転ばずに済んだ。


「吾妻……あぶない。気をつけて」

「ご、ごめんな」


 湯希に窘められた吾妻は申し訳なさそうな表情で眉を下げたが、直ぐに気を持ち直した様子で、今度は“お買い物の歌”の二番を歌い始める。


 ――頭上には澄み渡る青空が広がり、天候にも恵まれた今日。

 杏咲たち五人は買い出しにきていた。


 洗剤や味噌といった少し重たいものを買うことになっていたのだが、荷物持ちを喜んで引き受けてくれそうな火虎は影勝と共に熱心に稽古をしていて、柚留も集中した様子で机に向かっていた。何か書き物をしているようだったので、声を掛けることができなかったのだ。

 率先してついて行くと言い出しそうな十愛と桜虎は、伊夜彦に連れられて本殿の方に遊びに行っていた。

 そこで、一緒に行くと名乗りを上げた吾妻と湯希と一緒に玄関で靴を履いていれば、偶然にも通りかかったのが玲乙だった。


「玲乙、丁度いいところに来たね」


 にっこり笑った透に、玲乙は成す術なく捕まってしまい――半ば強引に誘われる形で、荷物持ちとして同行してくれることになったのだ。


 出掛ける際には渋々といった様子で溜息を漏らしていた玲乙だったが、最終的には文句一つ言うことなく味噌が入った小さな樽を軽々と持ってくれている。


「とりあえず一通り必要なものは買えたし……付き合ってくれたご褒美ってことで、甘味処にでも寄っていこうか」

「ほんまに!?」

「うん。でも、留守番組には内緒だからね」


 両手に食材を抱えた透が提案すれば、目をきらきら輝かせた吾妻が、今度は“おだんごのうた”を口遊み始める。


「おっだんごだんご~! みったらっしだんごに、だいだいふっく~!」

「ふふ、吾妻は元気だなぁ。……あっ、あそこの甘味処にしようか」


 透が視線を向ける先を辿れば、そこは一度通りかかったことのある店だった。

 杏咲がこの妖花街に初めて足を踏み入れた時、伊夜彦が「あの店の団子は一等美味くてな」と言っていた甘味処だ。


 店前に設置されている真っ赤な緋毛氈が敷かれた縁台には、三つ目の妖らしい夫婦が座っていて、美味しそうにみたらし団子を頬張っている。


 差し入れとして一度だけ、伊夜彦自ら離れの皆にみたらし団子を持ってきてくれたことがあったが、餅は驚くほどに柔らかく、砂糖醤油の葛餡はほんのり上品な甘さが感じられて、ぺろりと平らげてしまったことは、杏咲の記憶にも新しい。


「俺は此処で荷物番をしてるから、一人一つまで好きなものを買ってきていいよ」


 店先の空いていた長椅子に腰掛けた透がそう言えば、吾妻が我先にと店内に駆けていく。


「玲乙くん、荷物は私が預かってるから。行っておいで」


 玲乙が持ってくれていた味噌の入った包みを受け取れば、玲乙の空いた手に透が財布を握らせる。


「吾妻に一人一つまでって、もう一度伝えてきてくれる?」

「……分かった」


 透にお守りを任された玲乙は仕方ないなといった様子で頷き、吾妻の後を追って賑わう店内に足を踏み入れた。


「湯希くんは行かないの?」

「……」


 湯希は杏咲の着物の袖をぎゅっと握ったままで、そこから動く様子はない。杏咲が不思議に思っていれば、店内から従業員が出てきた。

 頭上に真っ白な獣耳が生えていて、笑顔が愛らしい女の子の妖怪だ。もしかしたら、この店の看板娘のような存在なのかもしれない。


「よければお一つどうぞ」


 杏咲たちの前まで歩み寄ってきた店員に試食を勧められる。盆の上には三つの小皿が載っていて、そこには一口大のみたらし団子がころんと鎮座していた。


「はい、これは湯希くんの分だよ。よければそのお面、預かってようか?」

「……うん。ありがとう」


 お面をとって杏咲に手渡した湯希は小皿を受け取り、みたらし団子をぱくりと頬張った。瞬間、その瞳がきらきらと輝く。


「ふふ、美味しい?」

「ん、おいしい……」

「それじゃあ、俺と杏咲先生にもこのお団子を買ってきてくれる?」

「……ん、いいよ」


 人見知り故か、入店することに尻込みしていたらしい湯希だったが、美味しい団子を食べて勇気が湧いたのだろう。杏咲の袖からおずおず手を離すと、吾妻と玲乙の後を追いかけて店内に入っていった。


 杏咲と透も試食のみたらし団子を食べてその優しい味に舌鼓を打ちながら、子どもたちが戻ってくるのをのんびりと待つ。

 店の前を通り過ぎていく妖たちをぼんやりと眺めていた杏咲だったが、湯希からお面を預かったままだったことに気づき、手元に視線を落とした。


 猫の顔が描かれた面は少し古びてはいるが、逆にそこに趣が感じられる。周りに施された模様も美しく、素人目の杏咲からしても巧緻な造りであることが分かった。


「そういえば湯希くんって、どうして外に出る時にはいつもこのお面をしているんですか?」

「あぁ、それはね――」


 祖父から貰った大切なお面だということは本人の口から聞いたことがあるが、杏咲はその理由まで知らなかった。

 透が答えを口にしようとしたタイミングで、前を見ずに走ってきた河童のような見目をした妖が通行人とぶつかり、そのまま杏咲の方に倒れ込んできた。


「きゃっ」

「っ、杏咲先生、大丈夫?」


 透に支えられて転倒することはなかったが、杏咲の手元にあったお面がカランと音を立てて地面に落ちてしまう。

 杏咲が慌てて手を伸ばそうとすれば、それよりも早く立ち上がった河童の妖は、地面に落ちているお面に気付くことなく――緑色の足で、思いきりお面を踏みつけた。


「こら、待ちやがれ~!」

「ゲッ、もう追いついてきやがった……! お嬢さん、ぶつかっちまってごめんよ!」


 河童の妖は誰かに追われているらしい。結局最後まで踏みつけたお面に気づくことなく駆け出し、あっという間にこの場から姿を消してしまった。


「こらー! 待てっつってんのが聞こえねぇのか‼」


 そして、物凄い剣幕でこちらに向かってきている男性――こちらも河童のような見目をしている――は、杏咲たちのすぐ目の前を駆け抜けていく。透に腕を引かれて再び衝突することは免れた杏咲だったが……下の方から、パリンと何かが割れるような、嫌な音が聞こえてきた。


 杏咲と透は、恐る恐る視線を落とす。

 ――湯希から預かっていたお面が、無残にも真っ二つに割れていた。



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