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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第十三章 離れて、近づいて、もっと近づく。
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第九十二話



「おい、おれサマの皿とそっちの皿、こうかんしろ!」

「何で? 桜虎のとおんなじやろ!」

「そっちのたまごやきの方が、おっきいじゃねーか!」

「いやや~!」

「ちょっと、おれのことはさんでケンカしないでよね!」

「はいはい、ストップストップ」


 此処夢見草の離れでの朝食は、今朝も騒がしい。桜虎や吾妻を筆頭にぎゃいぎゃいと喧騒を繰り広げているが、そばで見ていた透に窘められている。

 そんな桜虎たちを横目に空笑いを浮かべながら、杏咲は斜め前の誕生日席に座っている玲乙へと視線を移した。我関せずといった様子で、おかずの切り干し大根を静かに咀嚼している。


「玲乙くん、具合の方はすっかりよくなったみたいだね」

「はい。御粥とか、色々準備してもらって……ありがとうございました」

「いえいえ、どういたしまして」

「……先生のおかゆ、おれも今度、食べたい」

「それじゃあ今度、湯希くんにも作るね」

「お、いいなぁ。今度オレにも作ってくれよ」

「うん、勿論。火虎くんはたくさん食べるから、いっぱい作らなくちゃね」


 吾妻たちがいる騒がしい右側の卓とは反対に、左側に座っていた面々は穏やかに会話しながら食事を進めていた。

 一番端に座っていた杏咲の左隣にいるのが湯希で、目の前には火虎が座っている。左斜め前には影勝が座っているが、こちらも我関せずといった様子で黙々と白米を口にしている。


 食事時の席は特に決まっていないため、その時の座席によって雰囲気は全く異なってくる。普段、杏咲の隣には吾妻や十愛が座っていることが多いのだが、今日は寝坊して大広間にくるのが遅れてしまい、渋々離れた空いている席に座っていたのだ。


「……あっ、そうだ。皆にも一応伝えておくけど、今度実習生がくることになったからね」


 桜虎と吾妻の言い合いを止めた透から突拍子もなく告げられた言葉に、杏咲と子どもたちは揃って首を傾げた。


「じっしゅうせい?」

「それ何?」

「美味いもんか?」

「実習生っていうのは、俺や杏咲先生みたいに、皆と遊んだりお世話してくれる人のことをいうんだよ。ただ、まだ正式な先生ではないから……きちんと先生になるために、その練習を兼ねて勉強しにくるって感じかな。期間は一週間の予定だから、皆仲良くするんだよ」

「ふーん」

「何だよ、美味いもんじゃないのか」


 喜んで食いつきそうな十愛は意外にも反応が薄いし、火虎は食べ物じゃないことに落胆している。皆“実習生”とはどんなものなのか、いまいちピンときていないのかもしれない。

 子どもたちは各々の反応を示して話し合っているが、「また来る日が近くなったら知らせるね」との透の一言で、この話題はこれで終了したのだった。



「……先生。これ、あげる」


 隣に座る湯希が、杏咲の皿に大きな葡萄を一粒置いた。


「湯希くん、いいの?」

「うん。先生、くだもの好きって言ってたから……」

「ありがとう、湯希くん。それじゃあ――はい。これは湯希くんにあげるね」

「え?」

「ふふ、交換っこしよっか」

「……うん」


 湯希だって果物を好んで食べていることを、杏咲は勿論知っている。

 自分の皿に入っていた一番粒の大きい葡萄を湯希の皿に置けば、湯希は口許をむずむずとさせながら、嬉しそうに獣耳を揺らした。


 湯希の放つふんわりしたオーラに癒されながら、二人で顔を見合わせて葡萄を口に含む。湯希から貰った葡萄は瑞々しくて、噛めば舌の上で甘みがじゅわっと広がった。


「美味しいね」

「……ん、おいしい」

「まだたくさんあったはずだから、おやつの時に食べよっか」

「うん」


 ほのぼのとした雰囲気で談笑する杏咲と湯希の姿に、そばで会話を聞いていた火虎や玲乙は微笑ましげなまなざしを向けている。


 こうして杏咲の今日の朝食時間は、穏やかな空気のままに過ぎ去っていった。



 ***


 朝食を食べ終えた杏咲と透は、二人で皿洗いをしながら雑談を繰り広げていた。話題は、先ほど透が言っていた“実習生”についてだ。


「この世界にも実習生って存在するんですね」

「いやいや、実習生なんて受け入れるの、今回が初めてだよ」

「そうなんですか?」

「うん。何でも此処で半妖の子どもたちの面倒を見てるっていう噂を聞いて、どうしてもって頼みこまれたらしくてさ。伊夜さんが直接面接をして問題ないって判断が下ったから、今回受け入れることになったみたい」

「そうだったんですね。……でも直接頼みこむくらいですし、きっと凄く子どもが好きな方なんでしょうね」

「うーん、俺も直接会ったわけじゃないから分からないけど……そうだといいよね」


 透が洗剤の泡を流した食器を、受け取った杏咲が布巾で拭いていく。


 多分影勝がこっそり残したものだろう、重なったお椀の底に椎茸が綺麗に残っているのを見つけた透は、眉を顰めて「はぁ」と溜息を吐いている。


「全く、影勝のやつ……」

「あはは……でも影勝くんも、以前に比べたら少しずつ苦手なものも克服して食べられるようになりましたよね」

「まあ、確かにそうだよね」

「皆、少しずつ成長してるんですね」

「影勝も、杏咲先生にはずいぶん懐いたしね」

「……私、懐かれてますか?」

「うん」


 あまり実感はないが、透が言うならそうなのかもしれない。杏咲は嬉しさから口許を緩める。


「それに、湯希もすっかり懐いたよね」

「湯希くんですか?」

「うん。さっき、湯希に葡萄を分けてもらってたでしょ?」


 どうやら朝食時のやりとりを目にしていたらしい。透も嬉しそうに目元を細めている。


「はい。私が果物が好きだからって、分けてくれたんです」

「だよね。遠目から見ててほっこりしちゃったよ。そもそも……湯希が初対面からここまで心を開いて懐いてるなんて、本当に珍しいと思うんだよね」

「……そうなんですか?」

「うん。やっぱり杏咲先生は凄いね」


 純粋に褒められて少しだけ照れくささを感じながらも、杏咲ははにかんで「ありがとうございます」と答えた。

 十人分と量の多い皿洗いも、話していればあっという間だ。気付けば大量にあった食器は、すっかりぴかぴかになっていた。



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