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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第十二章 偲ぶ思いと伝わる愛情
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第九十一話



「私、昔……十愛に酷い感情を向けてしまったことがあったんです。だから、十愛はきっと……私のこと、いやな母親だって、そう思ってるはずです。十愛に嫌いだって言われたらどうしようって、それが怖くて……」

「お母さんが嫌いな子どもなんていませんよ。何なら、子どもにとってはお母さんが世界の全て、みたいなところもありますから。……十愛くんは、お母さんのことが大好きですよ」

「っ、そうでしょうか……?」

「はい。ただ、十愛くんもお母さんと同じで……どうやって接していいのか、甘えてもいいのか……分からないだけだと思います」


 不安げにこちらを見上げる母親に、杏咲は「少し待っていてください」と声を掛けて部屋を出た。そして大広間にいた十愛を連れて、母親の待つ客間に戻る。


「お、お母さん? 何でここに……えっ、泣いてるの?」


 涙を流す母親を目にした十愛は、驚いた様子でまあるい目を見開いた。慌てて母親のもとへと駆け寄り、その細腕にそっと触れる。


「お母さん、どこかいたいの? どうしたの?」

「っ、十愛、ごめんね……」


 心配そうなまなざしで自身を見上げる十愛を目にして、母親の瞳からは尚も止まることなく涙が零れ落ちていく。

 何故母親が泣いて謝っているのか分からない十愛は、困惑した様子で母親の泣き顔を見つめていたけれど――何かを堪えるようにして、グッと下唇を噛みしめた。


「ねぇ、お母さんは……おれが、こんなへんな力もってるから……やなんでしょ? でもね、おれ……ほんとはこんな力、ほしくなかったよ……!」


 母親につられたように、十愛もその瞳から大粒の涙を溢れさせた。――ずっと、母親からの拒絶に近い言葉を気にして、我慢していたのだろう。十愛はしゃくりあげながら、堰を切ったように涙を流し続けている。


 母親は十愛の泣き顔を見て、本音を聞いて、目を見開いた。そして――何かを決意したかのような表情で自身の目元を拭ったかと思えば、十愛の耳元に手を伸ばし、片耳に付けられている封じのイヤリングを取り外してしまう。


「っ、あ、おれのイヤリング……」


 耳元から外れたイヤリングに、十愛は不安そうな表情で母親を見上げる。


「十愛、お母さんね……伝えるのがへたくそだから……っ、聞いてくれる?」


 そう言って、十愛を抱きしめた。母親からの突然の抱擁に驚いた様子で固まっていた十愛だったが、恐る恐るその小さな掌を母親の身体に回して、そっと力を込める。

 そして――解放された覚の妖力で、母親の嘘偽りのない本心からの言葉を聞いたのだろう。抱きつく手に力を込めた十愛は、しゃくりあげながら言葉を紡いでいく。


「う、うぅっ……おかあ、さ、……あのね、おれも……だいすき……!」

「っ、……うん。うん……お母さんもね、十愛がだいすきっ……!」


 互いに頬を涙で濡らしながらも、顔を見合わせた二人の顔は晴れやかで。その空間は、相手を思う優しさで満ちている。


 微笑み合う二人の姿を確認した杏咲は、そっと障子戸を閉めて客間から退室した。



 ――本心を伝えることは、怖いことだ。自分の気持ちを否定されたらどうしようと、誰だって不安になることはある。


 だけど、心に秘めているだけでは伝わらないこともある。相手に伝えなければ、分からないことがある。そのまま、一生分かり合えないことだってあるのだ。


 やっぱり言わなければよかったと後悔したっていい。落ち込んだっていい。そうしたらまた、これからどうしていくかを考えればいいだけ。


 怖くても、不安でも、一歩踏み出す勇気を持つことが大切なのだと。

 相手に思いを伝えることの大切さを――改めて噛みしめながら。


 落ち着いた頃合いを見計らって十愛たちに冷たい飲み物でも持っていこうと、杏咲は台所に向かった。その足取りは軽く、心の中はあたたかな感情で満たされていた。



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