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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第十二章 偲ぶ思いと伝わる愛情
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第九十話



「杏咲先生、本当に一人で大丈夫?」

「はい、大丈夫です。……すみません、無理なお願いをしてしまって」


 透にとある頼みごとをしてから、数日後のこと。


 昼食を食べ終えた子どもたちが各々遊びにいったところで、杏咲と透は本殿に繋がる廊下から一番近くに位置する客間にいた。これからとある人物と、面談をするためだ。


「でも驚いたな。まさか杏咲先生の方から、十愛のお母さんと話がしたいって言ってくるなんて」


 ――そう。杏咲は十愛の母親と話をする場を設けてほしいと、透に頼んだのだ。


「透、杏咲。お連れしたぞ」


 障子戸の向こうから聞こえるこの声は、伊夜彦だ。十愛の母親には、子どもたちと鉢合わせて不審に思われないようにと、本殿の方から来てもらうようにお願いしていたのだ。


「……失礼します」


 囁くような小さな声だ。部屋に足を踏み入れた十愛の母親の表情は固く、強張っているように見える。


「お母さん、こんにちは。……それじゃあ俺は、子どもたちの所に戻ってるね。失礼します」


 杏咲に目配せしてエールを送った透は、入れ替わるような形で部屋を出て行ってしまった。

 室内には、杏咲と十愛の母親の二人きりになった。杏咲と対面するような形で座布団の上に腰を下ろした母親は、口を真一文字に引き結んだまま、目線を下げて机上をじっと見つめている。


「あの、お母さん。今日はわざわざご足労いただいて、ありがとうございます」


 シンとした空気の中、杏咲が静寂を打ち消すように声を出せば、母親は下げていた目線をそっと持ち上げて杏咲の顔を見つめる。


「いえ、……それで、私に話というのは何でしょうか?」

「今日は、十愛くんのことでお話がしたくてお呼びしました」

「……それは、この前の面談で、私が言ったことについてですよね?」


 母親はグッと下唇を噛みしめて、絞り出すような声を出す。


「私の考え……何か間違ってますか? だって甘やかされて育って、それで大人になって困るのはあの子なんですよ? ただでさえ半妖は成長が早いですし、何より……普通と違うんですから」


 普通と違う、と。そう言った母親は、何かを堪えるように、苦しそうな顔をしているように見える。

 十愛が覚の妖力を使った際、母親が十愛のことを「こわい」と感じていたというその事実を、杏咲は思い出した。けれど、だからといって、目の前にいる母親が十愛を嫌っているようにはとても思えない。むしろ――。


「……確かに、半妖と人では、異なる部分もたくさんあると思います。だけど私は……此処で子どもたちと関わってみて、思ったんです。半妖だからとか人だからとか関係なく、子どもが考えていることって同じなんだなって」

「……何が言いたいんですか?」


 訝し気なまなざしを向ける母親に、杏咲は微笑む。


「そうですね、例えば……嫌いな食べ物をこっそり残そうとしたり、遊ぶのは好きだけどお片づけは渋ったり、他の子どもたちに知られるのは恥ずかしいから、陰でこっそり大人に甘えてみたり……そういうところは変わらないんだなって思って。勿論、人とは外見が違ったり、妖術が使えたりもします。でもそれは、その子の立派な個性なんじゃないかなって思うんです」

「個性……?」

「はい。……お母さん、以前仰ってましたよね? 十愛くんを甘やかさないで、もっと厳しく接してほしいって」

「……えぇ、言いました」

「お母さんのお考えも、勿論分かるんです。厳しくすることだって、大切な愛情ですから。だけど……幼少期が短い半妖の子どもたちだからこそ、甘えたい気持ちを受け止めて、よりたくさんの愛情を注いで接したいって、私は思うんです」

「……」


 母親は何かを考え込むように口を閉ざして俯いたまま、杏咲の声に静かに耳を傾けている。


「十愛くん、今朝は苦手な茄子を、頑張って三口も食べることができたんですよ。昨日は、喧嘩してしまったお友達に自分からごめんなさいを言うことができました。……凄いですよね。私も此処に来てまだたったの数か月ですけど、あっという間に出来ることが増えて、お兄さんになって……成長が嬉しくて、でも、少しだけ寂しくも感じてしまったりして」

「……」

「……十愛くん、この前言ってたんです。お母さんのことが大好きだって。だからお祭りの準備も頑張るんだって」

「……」


 それまで黙っていた母親だったが、杏咲の言葉に突然顔を上げたかと思えば――その大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙を零し始めた。杏咲は慌てて腰を浮かせる。


「お、お母さん!? すみません、あのっ、お母さんのことを責めたりしているつもりはなくて……!」

「っ、違うんです……」


 母親は取り出したハンカチで目元を抑えながら、たどたどしくも自身の思いを吐露していく。


「私……ただ、先生に嫉妬していただけなんです。同じ人間の女性なのに……私はいまだに、十愛とどう接したらいいのか分からなくて。なのに先生は、凄く懐かれていて……母親の私は全然上手くいかないのにって、何だか悔しくなってしまって……」

「……そうだったんですね」

「全部、ただの私の、八つ当たりなんです。っ、……ごめんなさい」


 杏咲は母親の隣に移動してその背を優しくさすりながら、母親の話に耳を傾ける。



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