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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第十二章 偲ぶ思いと伝わる愛情
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第八十九話



 お粥を完食した玲乙が眠りにつき、庭で水遊びをしていた子どもたちも離れに戻ってきた。

 玲乙を心配して見舞いに行くという吾妻たちを今は寝ているからと落ち着かせて、びしょ濡れになった子どもたちの着替えを終えて、杏咲はようやく一息ついているところだ。


 杏咲たちの私室前を通り過ぎて曲がった先。人通りの少ない縁側は、ここ最近、杏咲がぼんやりたそがれる場所へと化している。

 そして、杏咲が一人でぼうっとしているタイミングを見計らったかのように、いつもひょっこりと現れる男がいた。


「よう杏咲、遊びにきたぞ」

「伊夜さん」


 ひらりと手を振って現れた伊夜彦は、当然のように杏咲の隣に腰掛ける。


「休憩中か?」

「はい、そんなところです。伊夜さんもですか?」

「まあ、そんなところだな」

「お茶でも淹れてきましょうか?」

「いや、大丈夫だ」


 並んで座りながら、ぽつぽつととりとめのない会話を楽しむ。


「そういえば、この前は杏咲が思い出話を聞かせてくれただろう? だから今日は、俺の昔話を聞いてくれないか?」

「昔話、ですか? ……はい、ぜひ聞きたいです!」


 長く生きている伊夜彦は、きっと杏咲の知らないような話をたくさん知っているだろう。たくさんの妖や人と出会って、杏咲には考えられないような、様々な経験をしているかもしれない。

 どんな話を聞かせてもらえるのだろうかと期待に満ちたまなざしを向ける杏咲に、伊夜彦はクツリと笑いながら、ゆったりとした口調で語り始める。


「昔々あるところに、それはそれは美しい、一人の女性がいたんだ。……俺の目には、これまで出会ってきたどんな女も霞むほどに、一等美しく見えた」

「え、伊夜さん、これってもしかして……コイバナ、ですか?」

「こいばな?」

「はい。恋愛のお話のことです」


 まさか伊夜彦の恋愛話が聞けるとは思ってもいなかったため、杏咲はドキドキと胸を躍らせながら、つい口を挟んでしまった。

 きょとんとした表情でその意味を問うた伊夜彦だったが、クスリと笑んで否定の言葉を口にする。


「はは、残念だが外れだ。……昔、杏咲のように子どもが好きな、優しい女性に出会ったことがあるっていう話さ」

「それは、人間界でのことですか?」

「ああ、そうだ。杏咲に似て、困った者を放っておけない、世話焼きな性格をしていてなぁ。……本当に、優しい女性(ひと)だったよ」


 過去を懐かしむように、大切な宝物を一つ一つ取り出すように話す伊夜彦の表情は、ひどく優しい。伊夜彦は恋愛の話ではない、と言っているけれど……。


「伊夜さんは……その人のことが、大好きだったんですね」

「……ああ、そうだな」


 そこに恋愛感情はなかったのかもしれないが、伊夜彦がその女性を大切に思っていたことは事実なのだろう。小さく頷いた伊夜彦は、話を続ける。


「杏咲とこうして話しているとな、時々思い出すのさ。俺がこうして半妖の子どもたちを預かっているのは、その女性に出会ったからでもあるからな」

「……そうだったんですか?」

「ああ」


 その女性と出会ったことで、どういった経緯で、何を思って――伊夜彦は半妖の子どもたちを預かることにしたのだろうか。

 聞いても良いものかと杏咲が思案していれば、そこに草嗣がやってきた。


「伊夜さん、此処にいたんですね」

「草嗣」

「全く、透に此処には来るなと言われているので、なるべく近寄らないようにしているのに……伊夜さん、まさかそれを分かって、いつも此処へ来ているわけではないですよね?」


 不満そうな顔で愚痴をこぼす草嗣に、伊夜彦は気まずそうに頬を掻きながら「あー、手間をかけさせて悪いな」と謝罪の言葉を口にする。


「……杏咲さんも、伊夜さんが迷惑をかけているようで、すみません」

「え? いえ、私は迷惑だなんて全然……!」

「そうですか? ……本当に、杏咲さんはお優しいんですね」


 微笑んだ草嗣は、ペコリと綺麗なお辞儀をしてから、伊夜彦の肩をそっと押して本殿の方へと誘導する。


「草嗣、別に逃げたりしないからそう急かすな。……杏咲、またな」

「はい」


 二人の背を見送った杏咲は、ぼうっとしている中で頭の中に浮かんだ一つの案を実行するために――まずは相談してみようと、透の私室に向かったのだった。



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