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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第十一章 想うが故の、すれ違い
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第八十一話



 伊夜彦が立ち去り、再び静寂が訪れた中、廊下の角からおずおずと姿を現す者がいた。


「十愛くん?」

「……はなし、もうおわったの?」


 伊夜彦が言っていた“客人”とは、十愛のことだったようだ。


「うん、終わったよ。十愛くん、目が覚めたんだね」

「うん。……桜虎たちは、まだねてるよ」


 十愛は目を覚ましたばかりなのだろう。まだ少し眠たいのか、目元を擦っている。


「十愛くん、少しお喋りしない?」

「……うん、いいよ!」


 トタトタと小さな足音を立てて駆けてきた十愛は、そのまま杏咲の右隣にぴたりとくっつくようにして座った。


「十愛くんは、お面屋さんの準備をしてたんだよね」

「うん。今日はね、にんじゃとおりひめさまのお面を作ったんだよ」

「ふふ、たくさん作ったんだね。十愛くんは確か……お父さんもお母さんも来てくれるんだよね?」

「うん」

「そっか。会えるのが楽しみだね」

「……うん」


 嬉しそうな笑顔を見せてくれるだろうと思ったのだが、杏咲が両親のことを話題に出せば、十愛の表情は浮かないものへと変わってしまった。


「……十愛くん、どうかした?」

「……あのね、お父さんとお母さんがきてくれるの、すっごくうれしいんだよ。でもお母さんは……おれのこと、好きじゃないと思うから……」

「っ、え……?」


 ――今のは、どういう意味だろう?


 思い返してみれば、これまで十愛の口から両親の話を聞いたことはなかった。透から説明を受けた時も、特に家庭環境に問題があるようなことも言っていなかったから、家族仲は良好なのだと思っていたけれど……。


「前もね、透に、お母さんはおれのことなんて好きじゃないって、きらいなんだって言ったら、そんなことないって……そんなこと言っちゃだめって怒られたんだ。でも……ほんとのことなんだよ?」


 言葉を紡げずにいた杏咲に、十愛は不安そうな顔をして杏咲を見上げる。


「……杏咲も、おれのことおこる?」

「……ううん、怒らないよ。でも……どうして十愛くんは、お母さんに好かれてないって思うの?」


 杏咲の優しい声音に、十愛はホッとしたように表情を緩めながら、理由を話してくれる。


「あのね、前に、人のせかいに行ったとき……お父さんはおるすばんで、お母さんと二人で行ったんだ。それで、おれがお母さんの心の中を読んで、お母さんに言ったの。そしたら、お母さんが……」


 そこで一度言葉を切った十愛は、悲しそうに眉を下げて俯いた。


「心の中で……おれのこと、こわいって、言ってたから。……このイヤリングも、桜虎とおそろいだからつけてるのもあるけどね……ほんとは、こんな力いらないから、つけてるんだ。そしたら、お母さんもこわがらないでくれるかなって」


 話を聞けば、十愛の父親は覚の妖怪でありその妖力も高いのだが、完全に心を読めるというわけではないらしい。要は感情受信体質で、その者が悲しんでいるのか、喜んでいるのか、そういった大体の感情を読むことができるらしい。

 けれど十愛は、力を抑える封じのイヤリングをしていなければ、ほぼそのまま相手の心の中を読むことができてしまうのだという。


「……あっ、このこと、桜虎にはないしょだからね!」


 十愛は明るい声を出して人差し指を口許に立てながら、しぃっと内緒のポーズをとる。


「……うん、分かった。二人の秘密だね」

「うん、やくそくだからね」


 十愛はただ話を聞いてもらいたかっただけなのか、杏咲に何か言葉を求めるようなこともなく、普段と変わりない様子で笑っている。


「十愛くんは……お母さんのこと、好き?」

「……うん。大好き」


 はにかみ笑いを浮かべた十愛の言葉は、本心からのものだろう。


 だからこそ、自分は親から好かれていない、だなんて。十愛がそんな風に思っていることが、ひどく悲しくて――胸を締め付けられるような痛みを感じてしまう。


 実際のところ、母親が十愛のことをどう思っているのか、杏咲には分かるはずもないけれど……子どもは誰だって、親からの愛情を一番に求めるものだ。

 十愛の思いが母親に伝わっていることを願いながら、願うことしかできない自分自身にやるせなさを感じて、杏咲は僅かに自嘲の笑みを浮かべてしまう。


 自分自身への不甲斐なさからくる後悔や悩みは尽きることがない。けれど伊夜彦の言っていた通り、立ち止まってはいられない。子どもたちのために自分に出来ることを、少しずつでも、頑張りたい。


「……それじゃあ、お母さんたちに喜んでもらえるように、夏祭りの準備、頑張らないとだね」

「うん! おれ、がんばる」


 寝ぐせが付いた十愛の髪を撫でて整えながら、杏咲はひっそりと胸に決意を宿して笑ったのだった。



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