第七十七話
「それじゃあ、早速説明するね」
「はい、お願いします!」
伊夜彦がいなくなった大広間で、透から親御さんたちの話を聞くべく、杏咲はピシッと背筋を伸ばしてスタンバイしていた。大事なことがあれば忘れないようにメモを取っておこうと、準備もばっちりである。
「まず、火虎と桜虎の両親だけど……あそこの家庭も少し複雑でね。片親が違うんだ。父親は同じ雷獣の妖怪なんだけど、桜虎の母親は人間で、火虎の母親は烏天狗の半妖なんだよ。――で、桜虎の母親はもう亡くなってるから、今回参観にくるのは父親と、血縁的には火虎の母親に当たる半妖のお母さんってことになるんだ」
「そうなんですね……」
中々に複雑な家庭環境みたいだ。杏咲はメモを取りながら、透の話に耳を傾ける。
「で、次に影勝だけど……まぁ杏咲先生も知ってる通り、酒吞童子さんが来るよ。母親は、すでに亡くなってる」
その後も一人一人の家族の詳しい話を聞いて、大半の家庭が、大なり小なり、何かしらの複雑な事情や悩みを抱えていることが分かった。
とりあえず当日の参加者としては、柚留と吾妻の両親は共に健在で仲が良く、揃って参加。湯希の両親はすでに亡くなっているため、育ての親である母方の祖父が参加する予定らしい。十愛の両親も共に健在で、二人で参加するそうだ。
改めて話を聞いて緊張している様子の杏咲に気づいた透は、杏咲の不安を和らげるように優しい笑みを浮かべる。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。気の良い親御さんたちばかりだから」
まぁ、何人か難しいタイプの親御さんもいるけど――杏咲先生なら大丈夫だろう。
それに今から不安にさせるようなことも言いたくなかった透は、もっと肩の力を抜いてと、杏咲の肩をぽんぽん叩く。
「……はい。ありがとうございます、透先生」
杏咲も頼もしい先輩からの言葉に、無意識に強張っていた身体の力を抜いて笑顔を見せた。
そして、その日の夜に子どもたちにも保育参観のことを話し、翌日から本格的に、夏祭りごっこの準備が行われることになったのだ。
***
「……これ、上手くくっつかない」
「ん? どれかな……よし、それじゃあ私がこっちを持ってるから、湯希くんはここをテープでくっつけてくれるかな?」
「うん」
大広間は、大きな段ボール箱や木板、絵の具やクレヨンといった材料であふれていた。
夏祭りごっこをしようと決まった日から二週間が経ったが、当日の準備は順調に進んでいて、だいぶ形になってきている。今日も皆で分担して、杏咲と透の監視のもと、子どもたちと出店作りをしているところだった。
「湯希くん、上手だね。綺麗に貼れてるよ」
「……ん」
杏咲に褒められて、湯希は嬉しそうに口許を緩める。湯希は、“だいふく屋さん”と書かれた看板の端に、大きな折り紙で作った大福を貼り付けていたのだ。
どんな出店をやろうかと皆で話し合っている中、祖父が好きなのだという“だいふく屋さん”を提案したのは湯希だった。大好きな祖父に喜んでもらおうと張り切っているようで、ここ連日の作業に一生懸命取り組んでいる姿が見られる。
「杏咲先生、俺少しだけ席を外すけど、子どもたちのことを頼んでもいいかな?」
「はい、大丈夫です」
本殿の方に向かう透を見送った杏咲は、他の子どもたちの様子も見て回ろうと腰を上げかけた。
「あ、杏咲ちゃん~!」
――そこに聞こえてきたのが、吾妻の声だった。助けを求めるような涙声に、杏咲は慌ててそちらに視線を向けた。声は大きな段ボールの向こう側から聞こえてくる。
「ちょっと吾妻くんの所に行ってくるね」
「……うん、わかった」
湯希に一声掛けて吾妻のもとへ行けば、そこには桜虎の姿もあった。頭を押さえている吾妻と拳を握りしめている桜虎の姿を見るに、多分、桜虎が吾妻の頭を叩いたのだろう。
「どうしたの?」
「うぅ、桜虎がまたおれのあたまぶったんやぁ!」
「コイツがふざけるからだ!」
桜虎の言い分を聞けば、桜虎が作業をしていたところに、ハサミを持った吾妻がふざけて近づいてきたのだと言う。
「そっか。桜虎くんは吾妻くんに教えてあげようとしたんだね。ありがとう。でも、頭を叩かないで、次からはお話して教えてあげようね」
「わ、わかったよ……」
「それから吾妻くんは、ハサミは振り回さないこと。使わない時は片付けてきてね。怪我をしたら大変だから」
「うぅ……わかった……」
しょんぼりしながらも、自分に非があったことを認めた吾妻は、ハサミを片付けに行った。
「桜虎くんは、何を作ってたの?」
「オレさまはなぁ、これを作ってたんだ!」
見せてくれたのは、カラフルな絵の具で色付けされている、かき氷のイラスト。どうやら桜虎は“かき氷屋さん”の看板を作っていたみたいだ。
「……杏咲は、何味のかきごおりが好きなんだ?」
「そうだねぇ、私は……いちご味かな」
「いちごか! なら、いちごの絵もかいといてやる!」
そう言って、赤色のかき氷の横に、真っ赤なクレヨンで苺の絵を描いてくれた。
「ふふ、美味しそうな苺が描けたね」
「とくべつに、杏咲もかいていいぞ!」
「ほんと? それなら私は……桃を描こうかな?」
桜虎が貸してくれた桃色のクレヨンを手にしようとすれば、今度は十愛の焦ったような大声が聞こえてきた。