第七十六話
七月下旬に入り、本格的に夏が訪れた。皆で植えた向日葵の種もすくすく成長し、縁側のそばで綺麗な花を咲かせている。
大広間で昼食の素麵を食べ終えた子どもたちは、庭で遊んだり鍛錬場で竹刀を振るったりと各々自由に過ごしている。
杏咲は透に相談したいことがあると言われて、大広間に残っていた。
此処にはクーラーといった冷房設備はなく、唯一の涼める機器は扇風機のみだ。
けれど人間界での七月に比べれば幾分か過ごしやすいようにも思える。もしかしたら、これから本格的に暑くなってくるのかもしれないけれど。
杏咲は、透が持ってきてくれた冷えた麦茶を一口飲んで、ふぅっと息を吐いた。
「美味しい……生き返りますね」
「あはは、夏の冷えた麦茶は格別だよね。あとはビールもあれば最高なんだけど……」
「さすがに此処じゃ不味いですもんね」
「だね」
クスクスと二人分の笑い声が響く。
暫く雑談を繰り広げてから、透は本題に入るべく話を切り出した。
「で、杏咲先生に相談したいことがあるんだけどね」
「はい、何ですか?」
「実は、来月末に親御さんたちに来てもらうことが決まったんだ」
「えぇっと……保育参観、みたいなものですよね?」
「うん、そうだね。前回は中止になっちゃったから、今回は親御さんたちの都合を合わせたりして、ちょっと急になっちゃうんだけど……折角親御さんに来てもらうんだし、何かしたいなって思ってるんだよね。で、何かいい案はないかなって相談したくて」
「成程……」
杏咲はこれまで経験してきた保育参観の記憶を呼び起こして考える。発表会をしたり、制作をしたり、その季節や行事にちなんだ催しをしたりと、色々な事をやってきたけれど……。
「時期的に考えると、プール参観とか……あと、夏祭りごっこなんてどうですか?」
「夏祭りごっこかぁ」
「はい! 子どもたちと一緒に縁日をしたり、とか。楽しいかなって」
「……うん、それいいね。当日は夏祭りごっこに決定!」
透は頭の中に思い描いた夏祭りごっこがしっくりきた様子で、満足気に頷いた。
「で、日程は来月の二十八日にする予定なんだけど、どうかな?」
「はい、良いと思います。ちょうど一か月後くらいですね。そうなると……急いで準備をしないとですよね」
「だね。後で子どもたちにも話してみよっか」
「はい」
「おぉ~い、透か杏咲はいるか~?」
話が一段落したタイミングで、大広間に伊夜彦がやってきた。暑さにバテているのか、お疲れなのか、その声にはいつもの覇気が感じられない。
「あぁ……二人共此処にいたんだな」
「伊夜さん、大丈夫ですか? 今冷たい麦茶、持ってきますね」
「いや、直ぐに戻らなくちゃならんからな……これ、貰っていいか?」
「えっと、はい。私の飲みかけですけど……」
杏咲が言葉を言いきる前に、伊夜彦はグラスの中身を一気に飲み干す。
「ぷはぁ、生き返る……」
「伊夜さん、相当参ってるみたいだね」
「ああ、店の方でちと面倒事が起きてな。その後処理をしていたんだが、一段落ついたから抜け出してきたところだ」
「何だか大変そうですね……」
「お疲れ様」
「ありがとな」
グラスを置いた伊夜彦は畳の上に胡坐をかいて脱力しながら、しかし本当に直ぐに戻らなくてはいけない様子で、用件を手短に伝える。
「で、用件なんだが……」
そう言って、懐から封筒の束を取り出した。
「親御さんからの手紙がこっちに届いていたからな。持ってきたんだ」
「あぁ、ありがとう。きっと参観日の最終確認の返事だね」
透が一通一通開いて中身を確認していく。
「柚留の家は両親共に参加、酒呑童子さんも勿論参加で、吾妻の家も参加、湯希のお祖父さんも参加、火虎と桜虎、十愛の家も……ご両親共に参加できるみたい。……うん、今回は皆参加できるみたいだね。良かった」
「あの……玲乙くんのお家は……?」
一人だけ名前の出なかった玲乙のことが気になって聞いてみれば、透は眉を下げて答える。
「そういえば、杏咲先生には言ってなかったね。……玲乙のご両親は、もう亡くなってるんだ」
「……そう、なんですね」
「うん。……子どもたちのご両親についても、詳しく説明しておいた方が良いよね」
「……はい。お願いしてもいいですか?」
「うん、勿論。情報共有は大事だしね」
参加者を確認するために座って話を聞いていた伊夜彦だったが、すっと立ち上がって、杏咲と透に声を掛けた。
「そんじゃあ、俺はそろそろ戻る。邪魔したな」
「伊夜さん、お仕事頑張ってください」
「あぁ、ありがとな。二人も頑張れよ」
最後に杏咲の頭を一撫でした伊夜彦は、本殿に戻っていった。




