第七十四話
後で伊夜彦に話を聞いたところ、あれは妖怪ではなく“雨師”という名の神様だったそうだ。自在に雨を降らせたりできる神様らしい。一つ目小僧だと思っていた妖も、正体は“雨降り小僧”と言って、雨師様に仕えている、見習いの神様のような存在なのだそうだ。
伊夜彦は雨降り小僧に笹を分けてもらいに行った時から、辺り一帯に満ちた神気を感じ取っていたらしく、近くに雨師様がいることにも気づいていたらしい。特に害があるわけでもないので、気にしていなかったらしいが。
「へへ、お星さまのかたちで、かわええなぁ」
摘んできたペンタスの花を花瓶に入れて大広間の机の真ん中に置けば、にこにこと笑った吾妻は頬杖をついて花をじぃっと見ている。
「でも、さっき言ってた花言葉ってのもあるし、この花があれば織姫さんたちの分も合わせて二倍で、願いも叶っちまいそうだな!」
そう言いながら、火虎は器用に折り紙にハサミで切りこみを入れて、笹に飾るための網飾りを作っている。
散歩から帰って昼食を食べて、お昼寝だったり鍛錬だったりと各々少しの自由時間を経て、いよいよ七夕飾り制作が始まったのだ。
最年長組は、天の川のように見える網飾りや、立体的な星飾りといった難易度が高い飾りを作っているのだが、二人共器用に手先を動かして、綺麗な飾りを次々に量産している。
いつもなら「めんどくせぇ」とサボっていそうな影勝も、透から「手伝わない子には短冊もあげないからね」と言われて、渋々参加を決めたようだ。
「影勝くんは、どんなお願いごとをするの?」
「あ? ……オマエには関係ねぇだろ」
低い声で子どもらしかぬ凄んだ声を出した影勝は、プイッと顔を背けて別の折り紙を取りに行ってしまった。
――少しは距離が縮まったと思ってたんだけど……やっぱりそう簡単にはいかないよね。
しょんぼり肩を落とす杏咲に気づいた火虎が、視線を手元から杏咲に移して、励ますように声を掛ける。
「気にすんなって! 影勝はアンタだけじゃなくて、多分誰にも教えてくれねぇだろうし」
「そう、かな?」
「おぅ。願いの内容的にも、あんまり公言したくないんじゃねぇかな」
「もしかして……火虎くんは、影勝くんのお願い事が何なのか知ってるの?」
「あぁ。ほら、この前ケードロした時も、影勝の奴、やけに張り切ってただろ?」
影勝や周りの皆には聞こえないように声を潜めて、隣に座っていた火虎が教えてくれる。火虎は影勝と鍛錬していることも多いし、本人の口から何か聞いたことがあるのかもしれない。
「確かに……影勝くん、透先生の“何でも願いをかなえてあげる”って言葉に、凄く反応してたよね」
「だろ? 多分、あの時と似たようなことを願うんじゃねぇかな」
「似たようなことって……」
「おっと、ヒントはここまでな。答えを教えたってバレたら、影勝に睨まれそうだし」
にっと笑った火虎は、話しながらも休まずに手を動かしていたようで、手元に合った折り紙を全て使い切ったらしい。
「それ、手伝うぜ」
そう言って、杏咲が担当していた貝飾りも作り始める。
「火虎くん、作るのが早いね。ありがとう。……そう言う火虎くんは、もうお願い事は決まってるの?」
「ん? おぅ! オレはこれ!」
飾りを作り始める前に、短冊の方を書き終えていたらしい。火虎が見せてくれた短冊には“もっと強くなって、りっぱなごえいになる!”と書いてある。
「オレさ、もっと強くなりたいんだよ。んで、皆を守れるくらいの、カッコいい男になるんだ」
「……そっか。火虎くんは今でも十分に強くて格好いいと思うけど……これからもっともっと、絶対に強くなれるよ」
「……おう!」
「それに……ふふ。この短冊、お願い事っていうより、何だか決意表明みたいだね」
「あ……確かにそうだな」
顔を見合わせて笑い合いながら、普段鍛錬場で、竹刀や木刀、釈を振るっている火虎の姿を思い出す。“皆を守れるくらい強くなりたい”だなんて……火虎らしい優しい理由に、杏咲はまるで自分のことのように誇らしく感じてしまった。
気配り上手で心優しい、頑張り屋の火虎の夢が叶うといいなと、杏咲も心から願うのだった。