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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第十章 願いはペンタスの傍らで
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第七十三話



「花にはね、それぞれに花言葉っていうものが付いていて、色々な意味があるんだよ」

「へぇ、そうなんだ」

「そんじゃあ、この花にはどんな意味が付いてるんだ?」


 一緒に花を摘んでいた火虎が尋ねる。杏咲は手中にある薄桃色の花を見ながら、前に読んだ本に書いてあった、ペンタスの花言葉を思い出す。


「ペンタスの花言葉はね、確か……願い事、とか、希望が叶う、とか。そんな花言葉だったかな」

「へぇ。何か、七夕にぴったりの花だな」


 火虎の感心したような声に、吾妻はハッとした様子で瞳を大きくした後、杏咲に笑顔を向ける。


「なぁなぁ杏咲ちゃん! そしたらおりひめさんたちも、この花がみたいっておもうて、会いにきてくれるかもしれんやろ? そしたら雨もやんで、おほしさまい~っぱいみえるかもしれへんね!」


 名案が思い浮かんだ、とでも言いたげな表情をする吾妻に、杏咲も笑顔で頷いた。


「ふふ、そうだね。帰ったらこのお花を飾って、織姫様たちに見てもらえるように、七夕の準備もしなくちゃだね」

「へへ、さ~さ~のは、さ~らさら! やね!」


 吾妻が口遊めば、隣で聴いていた一つ目小僧がコテンと首を傾げた。


「それは何の唄ですか?」

「これはな、たなばたさまのうたやで! 一つ目の兄ちゃんは知らんの?」

「はい、初めて聴きました」

「……良ければ、この子に聴かせてあげてくれませんか?」


 そばで様子を見守っていた妖が、吾妻に声を掛ける。


「ええで! 湯希も桜虎も、み~んないっしょにうたお!」

「……うん、いいけど」

「はぁ? おれサマもうたうのかよ」

「そうだね。大きな笹の木に綺麗な花まで分けてもらったんだし、お礼に皆で歌おうか」


 離れたところにいた透が、影勝や玲乙を連れてやってきた。吾妻の「いくでぇ、せーの!」の合図で、子どもたちによる“たなばたさまの歌”が、厚い雲に覆われた空の下で響き渡る。


「と、とっても素敵な唄でした……!」


 一つ目小僧は、大きな瞳をきらきらと輝かせている。吾妻たちの元気いっぱいな歌声に、心動かされるものがあったのだろう。


「……ふふ。本当に、とっても素敵な歌声でした。有難うございます」


 嬉しそうに笑う一つ目小僧を見た妖も、その顔に微笑みを携えて、子どもたちに礼を告げる。


「では、私たちはそろそろ帰ることにしましょう。雨も直に止みますから、心配いりませんよ」

「もうかえっちゃうん? それに……何でにいちゃんに、そんなことがわかるんや?」


 吾妻の言葉に、妖は意味深に笑みを深める。

 妖が小さな声で何か呟けば、厚い雲に覆われていた空から、一筋の光が降り注いできた。


「――雨師様、お手を」

「えぇ」


 ぽかりと地面を照らしている光の下に歩いていく妖に、一つ目小僧がさっと姿勢を低くして片手を差し出す。その手に掴まった妖は、ゆっくりと光の下まで進むと、杏咲や子どもたちを順に見渡して、その相貌に美しい笑みを浮かべた。


「織姫と彦星が今年も逢瀬を重ねられるよう、そして貴方達の願いが届くように――私たちも天から願っていますよ」

「皆さん、有難うございました。今日はとても楽しかったです!」


 次の瞬間。ぱっと辺りが眩い光に包まれたかと思えば、一つ目小僧と露草色の髪をした妖は、その場から忽然と姿を消していた。


 降り続いていた雨もいつの間にか止んでいて、空を見上げれば、厚い雲が瞬く間にどこかへ流れていく。鉛色の空は、澄み渡る青空へと変わった。


「っ、ねぇ、あれ見て!」


 十愛が嬉々とした声で言う。

 指さす方に、皆が目を向ければ――。


「わぁ、虹だぁ!」


 ――青空を背景に、七色の大きな大きなアーチが、くっきりと浮かび上がっていた。


「すっげぇ!」

「オレ、虹なんて初めて見たかも」

「……おっきいすべりだいみたい。きれい」

「影勝、みて! ほら、虹だよ!」

「チッ、分かってる。……って、おい、引っ張んな……!」

「あはは。柚留ってば、珍しく大興奮だねぇ」


 子どもたちは各々の反応を示しながらも、皆その雄大な自然の美しさに、目を奪われているようだ。

 端の方で静かに虹を見上げている玲乙に気づいた杏咲は、その隣にそっと近づいた。


「玲乙くんは虹を見るの、初めて?」

「……はい。虹なんて、初めて見ました。……凄く綺麗ですね」

「ふふ、本当に綺麗だよね。私もこんなに大きな虹を見るのは初めてだなぁ」


 同じように空を見上げる杏咲をチラリと見ながら、玲乙は胸の中にほわっとあたたかなものが広がるのを感じていた。


「玲乙くん。今日の散歩で、少しでも好きって思えるものは見つかった?」


 杏咲に問われて、玲乙は考える。今目の前に広がっているのは、皆のきらきらした表情と、澄み渡る青空を背景にした美しい七色の橋。そして――優しい顔で笑う、杏咲の姿。


 ――これが“好き”っていう感情なら……確かに、たくさんあるのも、悪くないのかもしれないな。


 玲乙は自身の胸元をそっと抑えながら、小さく頷いた。

 ふっと、息を漏らすように緩んだその顔は、玲乙の心からの、穏やかな笑顔だった。



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