第七十二話
「では、行きましょうか」
「……えぇっと、そうですね。それじゃあ皆、行こうか」
露草色の髪の妖に促されて、透を先頭に、森林の奥の方に進んでいく。
一つ目小僧は吾妻と手を繋いで前の方を歩いている。木の根に引っかかって前のめりになった吾妻を、一つ目小僧が手を引いて支えている姿が見えた。
露草色の髪の妖は一つ目小僧たちからは離れて、杏咲の斜め前を歩いていた。傘を差さずに歩く妖を見かねて、杏咲はそっと声を掛ける。
「あの……良ければ私の傘に入ってください。濡れちゃいますよ」
「あぁ、私は雨に濡れることがないので平気ですよ。お気遣い感謝します」
杏咲が傘を差し出すが、妖は緩く首を振って応えた。妖の上を見てみれば、確かに雨は、妖に触れる前に、スッと溶けるようにして宙で消えている。さっき「力を使えば問題ない」と言っていたし、そういう妖力を持った妖なのだろうと杏咲は納得した。
そのまま道なりに森林の中を進んでいけば、少しだけ開けた場所に出た。
森の更に奥、小高い方からは雨水がちょろちょろと流れ下ってきて、小さな川のようになっている。左の方を見てみれば、山葡萄に似た紫色の木の実や、赤く色づいたクサイチゴが生っているのが目についた。
「それじゃあここらへんで少し自由行動にしようか。好きに見て回っていいけど、あまり遠くには行かないようにね」
透の言葉を皮切りに、子どもたちは自由に探索を始める。杏咲も散らばった子どもたちのもとを順に回っていれば、後ろから控えめに声を掛けられた。
「あ、あの、杏咲先生! ちょっときてください」
振り向けば、そこにいたのは柚留だった。白藍色の瞳には興奮の色が垣間見えて、その顔には笑顔が咲いている。
どうしたのだろうと、杏咲もワクワクしながら柚留の後をついて行けば、深緑が生い茂った大きな木々の後ろに、小さな花がぽつぽつと咲いている場所に着いた。大きな木の下に咲いていたからか、辺り一面は雨に濡れていないようだ。
傘を閉じた杏咲が屈んで地面に咲いた花をよく見てみれば、それはつい昨日、柚留と図鑑で目にした花だった。
「あ、これ……!」
「「ペンタスの花 (です)!」」
杏咲と柚留の声が綺麗に重なった。顔を見合わせた二人は、揃って破顔する。
「柚留くん、見つけたんだね!」
「はい!」
星の形をした花弁は、白にピンク、黄色に水色と多様な色であふれていて、人間界では見られないような、金色をした花まで咲いている。
「凄いね。この花、金色だよ」
「わ、本当ですね! 本当にお星さまみたいです」
楽しそうに花を見る杏咲たちの声に引き寄せられるようにして、吾妻や十愛たちも集まってきた。
「杏咲ちゃんたち、何見てるん?」
「わぁ、かわいい花!」
「へぇ、花弁が星みたいな形になってんのか」
集まった皆でペンタスの花を観察していれば、いつの間にそばに居たのか、露草色の髪をした妖が、杏咲の横に同じように屈みこんでいた。
「良ければ、摘んでいってください」
「えっ……いいんですか?」
「はい。この花々も、貴女たちのような心優しい方々に摘んでもらえるのは、喜ばしいことでしょうから」
自然に咲いた花だと思っていたけれど、妖の今の言葉を聞いた感じだと、もしかしたらこの花は妖たちが育てていたのかもしれない。こんなに綺麗に咲いているのだから、大切に育てていたのだろう。
「ありがとうございます」
妖の好意に甘えて、子どもたちと一緒にペンタスの花を摘んでいく。帰ったら花瓶に飾ることにしよう。