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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第十章 願いはペンタスの傍らで
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第七十一話



「――はい、到着だよ」


 透が足を止める。そこは生い茂る木々に囲まれた、正に森林と呼べる場所だった。

 雨にしっとりと濡れた木々は美しい深緑で、辺り一帯にどこか神秘的な雰囲気が漂っている。少しひんやりしている森の中は、雨の匂いに混じって、濃い土の匂いも感じる。


「なんか……ふしぎな匂いがすんな」


 クンクン鼻を鳴らした桜虎が呟いた。杏咲も深く息を吸い込めば、深い緑に囲まれた新鮮な空気に、身体中が満たされていくような心地を覚える。


 ――何だか、山彦神社の境内の雰囲気に似ている気がする。


 周囲を見渡しながらも、透を先頭にして遊歩道らしき石畳の上を歩いていけば、前方に廃れた木造の建物が見えてきた。


「此処で少しだけ休ませてもらおうか」

「よっしゃ! おれがいっちばんや~!」

「あ、まてこら吾妻! ぬけがけすんじゃね~よ!」


 透の言葉に、吾妻が一番に駆け出していった。その後に桜虎が続く。

 近づいてみれば、そこはお寺のようだ。向拝の下まで行って段差に腰掛けた吾妻だったが、その背後から、にゅっと小さな人影が現れる。その人影は、吾妻の真後ろまで近づいてきた。


「――あの、すみません」

「……ぎゃあっ! お、おばけや~‼」


 真後ろから肩を叩かれて驚いたらしい吾妻の大絶叫が、辺り一帯に木霊した。

 まさか顔を見て叫ばれるとは思ってもみなかったのだろう一つ目小僧の妖怪は、おろおろした様子で、吾妻の肩を叩いた片手を宙で彷徨わせている。


「あ、一つ目小僧さん。こんにちは」


 透が声を掛ければ、一つ目小僧は安心した様子で微笑んだ。


「貴方は、昨日の……。またいらっしゃったんですね」

「はい。少しだけ雨宿りさせてもらってもいいですか?」

「はい、勿論です。それから……驚かせてしまったようで、すみません」

「あぁ、気にしないでください」


 ぷるぷる震えている吾妻を見て申し訳なさそうな顔をしている一つ目小僧に、笑顔で首を横に振った透は、吾妻をひょいっと抱きかかえた。透の首にしがみつく吾妻の背中を、ぽんぽんと優しく撫でている。


「あの、透先生のお知り合いですか?」


 どんな関係なのだろうと杏咲が尋ねれば、透は子どもたちにも聞こえる声で、一つ目小僧のことを紹介してくれる。


「この方は一つ目小僧さんで、昨日の大きな笹の木を分けてくれたんだよ。皆、きちんとお礼を言ってね。……吾妻も、もう大丈夫だよ」

「……うん」


 透に抱っこしてもらって、吾妻も大分落ち着いたようだ。地面に下ろしてもらった吾妻は、まだ少しだけ怯えた表情をしながらも、自ら一つ目小僧に「……さ、笹……おおきにな」とお礼を伝えることができた。


「いえいえ。お願い事が叶うといいですね」

「……うん!」


 一つ目小僧の優しい表情を見て、吾妻も漸くいつも通りの元気を取り戻したみたいだ。


 傘を閉じて軒下に入った他の子どもたちも、各々一つ目小僧にお礼の言葉を伝えている。杏咲も共にお礼を伝えながら、不躾にならない程度に目の前の一つ目小僧をじぃっと見つめてみた。

 その顔に大きな目は一つしか付いていないけれど、背丈は吾妻たちと然程変わらぬくらいには小さくて、笑った顔はどこか愛嬌を感じる。服装はお寺のお坊さんを連想する、袈裟に近いものを着ている。


「一つ目小僧さんは、此処のお寺を住処の一つにしているんですよね」

「はい、そうです」

「なぁなぁ、一つ目の兄ちゃんは、カタツムリってしっとる?」

「はい、最近よく見かけますよね」


 そんな風にして暫く談笑していれば、廃寺の奥の方から、また別の妖が出てきた。


 白っぽい着物を身に纏っていて、露草色の髪は腰下まで伸びている。背丈は透よりも高く、二メートル近くはありそうだ。美しく中性的な顔立ちは男性のようにも見えるし、女性のようにも見える。――何だか、不思議な雰囲気を纏った妖だ。


「こんにちは。今日は皆さん、お散歩ですか?」

「はい、少し休ませてもらっていました。この後、此処の森を探索させてもらってもいいでしょうか?」

「えぇ、勿論構いませんよ。……良ければ、私たちも同行させてもらってもいいですか?」


 透が問えば、直ぐに了承の言葉を返した妖だったが、何故か同行したいと申し出てきた。顔を見合わせた透と杏咲は、同時に頷く。


「はい、勿論」

「ぜひ一緒に散策しましょう」

「有難うございます」


 静かに微笑んだ妖は、一つ目小僧にも声を掛けている。


「え、一つ目の兄ちゃんも、おさんぽいっしょに行くん?」

「えぇ、この子も一緒にいいですか?」

「もっちろんや! いっしょに行けんの、うれしいなぁ」


 初めはあんなに怖がっていたというのに、今ではすっかり一つ目小僧と仲良しになったらしい吾妻は、両手を挙げて喜んでいる。


「あ、それでは準備をしてきますので、少々お待ちください……!」


 吾妻の言葉に少しだけ照れた様子で微笑んでいた一つ目小僧だったが、ハッと我に返った様子で、慌てて奥の方に引っ込んでいった。そして十秒も経たないうちに戻ってきた一つ目小僧は、大きな番傘を手にし、地面につく“歯”と呼ばれる部分が途轍もなく長い下駄を履いて戻ってきた。

 下駄を履いた一つ目小僧の身長は一気に二メートル以上の高さになっていて、露草色の髪をした妖の頭上に傘を差している。


「傘は不要ですよ。力を使えば問題ありません」

「ですが……」

「偶にはお前も、好きに楽しみなさい」

「……はい。有難うございます!」


 妖たちの会話の意味は杏咲たちにはよく分からなかったが、渋々納得したらしい一つ目小僧は下駄を脱いで番傘を地面に置き、代わりに自分用の小さな傘を手にして戻ってきた。



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