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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第十章 願いはペンタスの傍らで
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第六十七話



 季節は廻り、暦は七月に突入した。長く咲いていた桜は花弁を散らせ、葉は青々とした緑へと色を変え、もうそこまで夏が近づいていることを知らせてくれる。

 しかし、梅雨はとっくに明けたはずなのに、またここ数日雨の日が続いていた。


 縁側に腰掛け、足をブラブラと揺らしながら鉛色の空を眺めていた吾妻は、心配そうな面持ちでポツリと呟く。


「おひめさんとひこぼしさん、ちゃんと会えるんやろか……」

「おひめさんじゃなくて、おりひめさま、でしょ。でも、たしかに……会えなかったら、かわいそう……」


 吾妻の隣で犬のぬいぐるみのお世話をしていた十愛も、空を見上げて眉を下げている。


「はぁ、鍛錬場での稽古も飽きてきたし、オレも外で身体動かしてぇな~」


 珍しく大広間でぼうっとしていた火虎は、グデンと身体の力を抜いたまま縁側の方まで這っていき、厚い雨雲に覆われた空を見上げている。

 しとしとと振り続ける雨に影響されてか、子どもたちはいつもに比べてずっと静かだ。どことなく沈んだ空気が漂う中で、杏咲は明るい声を出して一つの提案をする。


「それじゃあ、皆でてるてる坊主でも作ろっか」

「てるてるぼうずさん……おれも、作りたい……」


 杏咲の隣に座っていた湯希は、杏咲の服の裾をぎゅっと掴む。今は、最近子どもたちの間で大人気の「たなばたさま」の絵本を一緒に読んでいたのだ。


「うん、湯希くんも一緒に作ろうね」

「おれもつくる!」

「そんじゃあ、オレも作るかなぁ」


 杏咲の周りに集まってきた子どもたちとてるてる坊主を作って顔を描いていれば、玄関の方から「ただいまぁ」と声が聞こえてきた。

 一時間ほど前、所用があると言って何処かに出掛けていたはずの透が帰ってきたみたいだ。縁側から顔を出した透に、十愛や吾妻がてるてる坊主を持ったまま飛びつく。


「透、見て! おれが作ったてるてるぼうず!」

「おれも作ったんやで!」

「へぇ、てるてる坊主を作ってたんだ。可愛いね」

「へへ、でしょ?」「せやろ?」


 二人を腰にくっつけたまま大広間に足を踏み入れた透に、杏咲は笑顔を向ける。


「透先生、おかえりなさい」

「ただいま、杏咲先生」

「用事はもう終わったんですか?」

「うん、それなんだけど…「おーい、オマエら集まれ~!」


 透の声に被さるようにして、離れに響き渡った声。この声は――伊夜彦だ。声は、離れの玄関口から聞こえてくる。


「……とりあえず、一緒にきてくれる?」

「? はい、分かりました」


 透の後に続いて玄関まで行けば、鍛錬場にいた影勝や私室にいたらしい柚留や玲乙も、伊夜彦の大きな声を聞いて集まってきたみたいだ。


「ったく、何だよ……」

「どうかしたんですか?」


 子どもたちの視線を一身に集めた伊夜彦はにんまり笑って、背中に隠していた“ある物”を前に出す。否、伊夜彦の背に隠れきれず見え隠れしていた大きな物の正体は、綺麗な若草色をした、立派な笹の木だった。


「これ、何や? おっきい葉っぱ?」

「これはね、笹って言うんだよ。ほら、絵本にも出てきたでしょう?」

「そうそう。ここに願い事を書いた短冊を飾るんだよ」


 杏咲と透の説明に、思い出したらしい桜虎が獣耳をピコピコ揺らしながら声を上げる。


「ささの葉、さらさら~ってやつだろ?」

「うん、そうだね」

「まぁき~ばぁに、ゆ~れ~るぅ!」

「ちがうよ吾妻! の~きばに、ゆれる~、でしょ!」

「えぇ、そやったっけ?」


 口遊む桜虎に続いて、吾妻や十愛も最近覚えたばかりの歌を歌い始める。歌詞を確認し合う姿を微笑ましく思いながら、杏咲は伊夜彦が支えている笹の木に目を移した。


「それにしても大きいですね……これ、伊夜さんが一人で?」

「いいや、透と一緒に分けてもらってきたのさ」

「成程……それでお二人で出掛けていたんですね」

「街のはずれに廃寺らしき所があるんだけどね、そこに立派な笹の木が生えてるって、この前店の人に教えてもらったんだ。だからそこを住処にしていた一つ目小僧さんに分けてもらったんだよ」


 よくよく見れば、透と伊夜彦の肩や着物の裾が濡れている。杏咲は脱衣所からタオルを持ってきて手渡した。礼を言って受け取った二人は濡れた箇所を拭きながら、大きな笹の木を見上げる。


「とりあえず、このまま離れの玄関に置いておくぞ? 外はあいにくの雨だしなぁ」

「そうだね」


 伊夜彦はこれから仕事があるらしく、子どもたちと少し談笑した後、透に背中を押されて後ろ髪を引かれながら本殿に戻っていった。


「こんなに立派な笹があるなら、七夕飾りもたくさん作りたいですね」

「そうだね。明日にでも皆で作ろうか」


 杏咲と透で明日の予定を話しながら皆で大広間に戻り、七夕に興味津々の吾妻や湯希たちに強請られて、杏咲は七夕を題材にした紙芝居や絵本を繰り返し読んだ。


 そして、“短冊に願いを書くと叶えてくれる”という物語の台詞に目を輝かせた子どもたちは――各々、来たる七夕の日に思いを馳せるのだった。



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