第七話
「――で、ここからが本題なんだがな。杏咲には、そんな半妖の子どもたちの面倒をみてもらいたい」
「……やっぱり、そういうことですよね」
予想通りの言葉だった。杏咲の脳裏に、十愛と桜虎の姿が浮かぶ。
妖に襲われたということは、十愛と桜虎は半妖ということだろう。あの子たちの面倒をみてもらいたいということは、つまりそういうことだ。
伊夜彦の言葉は理解した杏咲だったが、その心には迷いが生じている。
「でも、私に半妖の子のお世話なんてできるでしょうか? 正直……自信がないです」
当然、これまでの人生で妖と関わった経験などあるわけもない。妖と人とでは成長や育て方なども大なり小なり違いがあるだろう。保育士をしていたとはいっても、その経験が活かせるとは限らない。
不安を露わにしたその表情に、伊夜彦は安心させるように穏やかな笑みを浮かべる。
「大丈夫だ。半妖っつっても、人の子と育て方は大して変わらんさ。それに、皆片親は人間なわけだからな」
「それは、そうですけど……」
「まぁとりあえず、話したいことはこんくらいだな。他に何か聞きたいことはあるか?」
正直、まだ話を完全に飲みこみきれてはいない杏咲だったが――脳内に一つの疑問が浮かび上がってきた。
「その、まだ色々と整理できていないんですけど……此処で働いている人、いや、妖?の方のほとんどは半妖だって言ってましたよね。それって、十愛くんたちもいずれはお店で働くことになるから、それまで此処で育てられているってことなんですか?」
「おお、察しが良いな。そうだ。まぁ此処は……悪い輩に狙われやすい半妖を守るための、居場所でもあるってことさ。半妖は親元を離れて、幼い頃から此処で生活している。幼い半妖のほとんどが、まだ身を守る術を身につけていないからだ」
「成程……」
「んで、成長した半妖の大半は、この料亭兼遊郭で働くか、護衛としての任に当たっているな」
「護衛、ですか?」
「あぁ。此処は半妖が暮らしていると知られていることもあって、狙われやすいんだ。それに、この世界にも人間界と同じように数多の国や地域みたいなもんがあってな、従業員が地方に出張することもある。その護衛をしたり……まぁ色々だな」
「へぇ……護衛になるのも、大変なんですね」
「そうだな。だが半妖自身が護衛になるっつーことは、自身も狙われる身になるっていうことだ。だからかなりの腕っぷしのある奴にしか務まらんのさ」
何と言うか――話を聞くに、この世界も色々と大変みたいだ。
突然のファンタジー展開に思考が追い付かず、今の杏咲はそんな薄っぺらい感想しか出てこなかった。そのまま数秒ほど呆けていれば、伊夜彦に名前を呼ばれる。
「杏咲、大丈夫か?」
「あ、はい。すみません、ぼうっとしてしまって。……その、今の話を聞いて、此処で働くこと……正直悩んでます」
「まぁ、悩むのは当然だろう。だからここは当初の予定通り、お試しで働くってことでどうだ? 期間は、そうだなぁ……ひと月程度ってところか」
「ひと月、ですか」
「そうだ。……あぁ、それから、透は此処で働いている従業員の中で唯一の人間だぞ。で、子どもたちの面倒はほぼ透が一人でみていてな。ちょうど人手不足でもあったんだ。だから、杏咲が働いてくれると助かる」
伊夜彦の言葉に、杏咲は瞳を瞬いた。
――此処に、自分と同じ、あちら側の世界からきた人がいるなんて。
驚きを顕わにしたまま透を見れば、透も杏咲を見ていたようだ。二人の視線が交錯する。
「あはは、すごく驚いたって顔してるね。実は俺も、君と同じ、人間なんだよ」
「そうだったんですね……」
「うん。色々あって、此処でお世話になってるんだ。今面倒をみている子どもたちは八人いるんだけど……皆、中々に癖のある子たちでさ。双葉さん、十愛と桜虎には会ったんだよね?」
「はい」
「……ごめんね。最近俺が忙しくて中々外に連れて行ってあげられなかったから、それでこっそり脱走を図ったみたいで。だから伊夜さんの言う通り、双葉さんが入ってくれると子どもたちに掛けてあげられる時間も増えるし、すごく助かるよ」
二人からの純粋な誘いの言葉を聞き、そして困っている雰囲気を醸し出されたこともあって。押しに弱く困っている人を放っておけない気のある杏咲の気持ちは、固まった。
「……あの、それじゃあお試しという形でひと月、働かせてもらってもいいですか?」
「あぁ、勿論さ」
「うん。よろしくね、双葉さん。……いや、これから一緒に働くことになるわけだし、杏咲先生って呼んだ方がいいかな?」
「それじゃあ私は……透先生って呼んでもいいですか?」
「うん、勿論。それじゃあ改めて、よろしくね。杏咲先生」
「……はい!」
二人は改めて挨拶を交わし合った。この場に和やかな空気が流れる。
杏咲と透を順に見て安心したように微笑んだ伊夜彦は、一人腰を上げた。
「それじゃあ俺は店の方に顔を出してくる。杏咲は透に仕事のことを教えてもらうといい。帰る時になったら声を掛けてくれ。……透、頼んだぞ」
「うん、了解」
そのまま背を向けて部屋を出て行こうとする伊夜彦を、杏咲は呼び止める。
「あの……伊夜さんは、子どもたちのお世話をしているわけじゃないんですか?」
「ん? あぁ、俺は基本的には店の方にいることが多いからな。子どもたちは離れで生活しているんだ。まぁ俺も、時間を見つけて顔を出しに行くさ。……頑張れよ」
ぽんと軽い手つきで杏咲の頭を撫でた伊夜彦は、「あとは任せたぞ」と透に声を掛け、今度こそ本当に部屋を出て行ってしまった。