第六十三話
「そうそう、これも持ってきたんだ」
「これは……?」
伊夜彦が懐から取り出したのは、厚みのある茶封筒だった。手渡された杏咲は何だろうと不思議に思いながら中身を確認する。
「伊夜さん、これ……!」
「あぁ。用意すんのが遅くなって悪かったな」
「いえ、ありがとうございます! ――皆、ちょっと来てくれるかな?」
杏咲の嬉々とした呼び声に、ご飯に夢中だった子どもたちが集まってくる。
「杏咲、どうしたの?」
「ふふ、これ見て」
「わ、なにこれ! おれたちがうつってる……!」
伊夜彦が持ってきてくれたのは、今日の忍者ごっこの様子を撮影した写真だった。いつの間に撮っていたのか、そこには鍛錬場で竹刀を振る影勝と柚留の姿も写っている。
「わ、皆忍者の格好してるんだ。格好いいね」
「あんな、め~っちゃたのしかったんやで! こんどは柚くんと影くんもいっしょにやろ!」
「っ、うん! 楽しみだなぁ」
参加しなかった柚留は写真の中の皆をじっと見ていて、その瞳からは、どことなく羨望の色が混じって見える。けれど吾妻に誘われたことで、その顔に嬉しそうな笑顔を咲かせた。
――今度は柚留くんと影勝くんの忍者服も用意しないとだなぁ。まぁ、影勝くんは嫌がりそうだけど……。
写真を見て楽しそうに話す子どもたちを見ながら、杏咲は伊夜彦と透に再度お礼を言う。実は一週間ほど前に、カメラを用意してもらえないかと透と伊夜彦に頼んでいたのだ。
「写真ってのはやっぱりいいもんだなぁ。もっと早くに用意してやれたら良かったんだがな」
「正直、俺も毎日忙しくてそこまで頭が回ってなかったんだけど……これなら子どもたちの普段の様子も、親御さんたちに知ってもらえるしね」
「はい! 参観日には一日の様子を纏めて展示すれば、普段の皆の生活を知ってもらえて良いかなと思うんです」
「うん、それはいいね」
「でも……伊夜さん、いつの間に撮ってくださってたんですか? 全然気づきませんでした」
「あぁ、写真にはこいつを使ったんだ」
伊夜彦が指をさす先を見れば、そこには宙で揺らめく青い炎があった。よく見ればその炎の中心部に、小さなレンズのようなものが浮かび上がっている。
「俺の妖力を使ってな。自動で撮影してくれる機能付きだ」
「凄い、こんなこともできちゃうんですね……! でもこれ、熱くないんですか?」
「あぁ、この狐火は大丈夫だ。触ってみてもいいぞ」
そうっと手を伸ばせば、狐火の方からゆらりと近づいてきた。青い炎が杏咲の右手に触れたが、熱いどころかむしろ、ひんやりとした冷気を感じる。
「わ、ひんやりしてて気持ちいいです」
「へぇ、俺も触ってみてもいい?」
「あぁ、いいぞ」
杏咲が手を離せば、今度は透が手を伸ばした。青い炎が意思を持っているかのように透の手元に近づいていく。
「って、あつ! ……ちょっと伊夜さん。今わざと温度を変えたでしょ」
「はっはっ、悪い悪い」
手を引っ込めた透が、ジト目で伊夜彦を見る。どうやら狐火の温度調節も可能らしい。
笑いながら人差し指で狐火を引き寄せた伊夜彦は「ほら、折角の男前が台無しだぞ」と言って、むくれた顔の透と苦笑いを浮かべる杏咲の二ショットを撮った。
そんな風に大人組三人で談笑していれば、一人酒を飲んでいた酒呑童子はいつの間にか子どもたちの輪に混ざっていたようで、写真を見て一緒に盛り上がっている。
楽しそうな声に杏咲が目を向ければ、ちょうど酒呑童子が柚留に声を掛けていた。
「そうじゃ。柚留、オヤジさんとおふくろさんが会いたがっておったぞ」
「えっ、お父さんとお母さんが?」
「あぁ。次の参観日で会えるのが楽しみじゃと言っておった」
「そう、ですか……。へへ、楽しみだなぁ」
ここ数日影勝の傍にいることが多かった柚留は、こうして酒呑童子とゆっくり会話をする機会は中々なかったのだろう。両親のことを聞いて、嬉しそうに顔を綻ばせている。