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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第九章 夜桜見、月下の秘密ごと
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第六十二話



「よし! 今夜は花見をしよう!」


 忍者ごっこを提案しておきながら、本殿の酒蔵に行って一人酒を飲んでいた酒呑童子を回収し、杏咲たちは離れへと戻ってきた。

 皆でおやつの柚子ゼリーを食べながら一休みしている最中、突拍子もなく花見をしようと言いだしたのは酒呑童子だ。


 ちなみに影勝は、壁際の方で一人ゼリーを食べている。初めは皆と同じように机を囲んでいたのだが、酒呑童子が近寄った途端、盛大な舌打ちをかまして離れていってしまったのだ。


 酒吞童子は“ガーン”と効果音がつきそうなほどショックを受け、あからさまに肩を落とした。落ち込む酒呑童子に声を掛けるべきかと、杏咲が迷っていれば――突然、酒呑童子が冒頭の声を上げたのだ。


「また唐突に……どうして花見なんですか?」

「此処の桜もそろそろ見頃を終えてしまうじゃろう? 折角じゃし、皆でパーッと騒ごうではないか。思い出作りじゃな」

「はぁ……」


 透が理由を問えば、酒呑童子は楽しそうに答える。しかしその返答に、透は溜息を吐き出しながら痛そうに頭を押さえている。


 「ただ騒いで酒を飲みたいだけだろ」なんて透のぼやきが聞こえてきた気もするが、しかしそんなことはお構いなしの酒呑童子は「伊夜にも伝えてくるかのぅ」と、本殿に向かって行ってしまった。――どうやら今夜の花見は、既に決定してしまったみたいだ。


「っ、ふふ。酒呑童子さんって、本当に……」


 楽しそうに本殿へと向かっていく後ろ姿を見ていた杏咲は、思わず笑い声を漏らしてしまった。――此処にいる誰よりも子どもみたい。無邪気な姿を見てそう思ったからだ。


 そんな杏咲の笑う声が聞えたのか、空になった器を机に置いた影勝は、眉を寄せてボソリと悪態を吐く。


「……ただ自分勝手なだけだろ」

「ふふ。まぁ確かに、それも少しはあるかもしれないけど……」


 項垂れる透の姿を横目に苦笑いを浮かべながらも、杏咲は穏やかな表情で影勝を見た。


「いつまでも童心を忘れないで、子どもたちと一緒に全力で楽しめるっていうのは素敵なことだと思うから。私も見習わなくちゃって思うの」

「……あんな奴が何人もいたら、余計に苛つくだけだ」


 嫌そうな顔をして立ち上がった影勝は、鍛錬場の方に向かっていった。その声からも表情からも嫌悪の色が滲み出ているように見えるが――杏咲にはどうも、影勝が心の底から酒吞童子を嫌っているようには思えなかった。


 けれどそれを上手く表す言葉も、影勝の心の内を確証する術もなく、胸に燻ぶる思いを言葉にできないまま、杏咲は影勝の背を見送ったのだった。



 ***


 酒吞童子の思い付きで決まった夜桜見が始まった。庭園の桜がよく見える場所に大きなレジャーシートを二枚並べて敷いて、いつもより品数も多く豪華な夕飯のおかずを詰めた重箱を並べる。


 もう直ぐ七月に入るというのに、桜は依然として美しく咲き誇っている。淡橙色の行燈の光に照らされた花弁は、時に雪のようにも見える。上を見れば、ひらりと舞いながら杏咲たちの頭上で踊っている。


「あ、それおれのたまごやき!」

「べつにい~だろ、いっぱいあるんだし」

「……火虎、こぼれてる」

「へ? あぁ、わふいわふい」

「口に詰め込み過ぎ」


 花より団子な子どもたちの賑やかな声をBGMに桜を見ていれば、遅れて伊夜彦がやってきた。透が伊夜彦も座れるようにと場所を開けている。


「ワリィな、遅くなっちまって」

「伊夜さん、仕事の方は大丈夫なの?」

「なぁに、一日くらい大丈夫だ。それに、オマエらばかり楽しむのは狡いだろう?」


 昼間にも本殿で飲んでいたというのに、また一升瓶を抱えて湯水のようにグビグビとアルコールを摂取している酒呑童子を見て、伊夜彦は呆れた風に笑った。



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