第五十九話
杏咲と桜虎は、皆のもとに戻ってきた。桜虎が持ってきたクナイや手裏剣を見て、子どもたちは大盛り上がりだった。
「これは、にいちゃんのぶんだからな!」
「え、オレにもくれんのか?」
「このきらきらは、オレさまがはったんだ!」
「へぇ、桜虎はすごいなぁ。めちゃくちゃかっけーじゃん」
兄である火虎にも褒められて、桜虎は満更でもなさそうな顔で鼻の下を擦っている。
「ええなぁ、おれもクナイ、ほしいなぁ……!」
羨ましがる吾妻には、桜虎が自らクナイを手渡していた。黄色とオレンジ色のキラキラシールがくっついた、吾妻らしい色合いのクナイだ。
「……しょうがねぇから、このクナイはオマエにやる」
「ええの!? へへ、桜虎はやさしいなぁ! おおきに!」
「吾妻はよわっちいからな。カッコいいぶきがないと、すぐやっつけられちまうかもしれないだろ」
「えぇ、おれめっちゃつよいで! それにおれのほうが、桜虎よりもおにいちゃんなんやで!」
「ケッ、そんなのかんけーね~よ! おれサマのほうがつよいにきまってるだろ!」
最終的にはいつもの些細な言い合いになっていたのだが――そんな微笑ましいやりとりを見てにこにこしていた杏咲のそばに、酒呑童子がやってきた。
「……杏咲は凄いのぅ」
「え? 何がですか?」
「桜虎じゃよ。一瞬で機嫌を直してみせたじゃろ?」
「いえいえ、そんなことは……」
謙遜する杏咲に、酒呑童子は微笑む。
「儂はついやり過ぎてしまう節があってな。儂も自ら歩み寄れていたら……もう少し、上手くやれていたのかもしれんのぅ」
「……酒呑童子さん?」
桜虎のことを言っているのだろうか? けれどそれにしては、話すその横顔が――何だかずっと、寂し気に見える。しかし表情に陰が落ちたのはほんの一瞬のことで、直ぐにいつもの艶やかな笑みを浮かべて、杏咲の髪をさらりと一撫でする。
「うむ、準備もできたことじゃし……これから皆にとびきり凄い秘密を教えてやろう」
声を大にして呼びかける酒吞童子に、子どもたちの視線が一斉に集まった。
「実はのぅ、この建物のどこかに、秘伝の巻物が隠されとるんじゃ。それを見つければ……どんな願いも叶うと云われている」
「どんなねがいも……!?」
「……すごい」
十愛や湯希たちが頬を赤くして、興奮したよう手を叩く。
「はぁ、馬鹿らしい……」
玲乙がボソリと呟いた。隣にいた火虎と杏咲にはばっちり届いていたので、杏咲はまぁまぁと窘めるように眉を下げて微笑を送る。火虎はケラケラ笑っていた。
「あ、でもお客さんとか……お店の邪魔になったりしませんかね?」
懸念した杏咲の心配気な表情を見て、酒呑童子はカラリと笑う。
「あぁ、それなら心配ないぞ。今日この時間帯に客は入っとらんし、従業員のほとんども部屋で休んどるからな」
そこまでばっちり把握済みだったらしい。これで安心だろうと、酒呑童子は薄桃色の上等そうな羽織を杏咲の肩にそっと掛けた。――忍者服といいこの羽織といい、酒吞童子は一体どこから取り出しているのだろう。その手には何も持っていなかったはずなのに……もしかしたら、四次元ポケットのようなものが身体のどこかにくっついているのかもしれない。
「ほれ、杏咲は姫さん役じゃ! 願いを叶えるためには、巻物と姫さんの両方を見つけないとならんからのぅ」
「……え、私がお姫様役ですか?」
「そうじゃ。姫役ができるのは杏咲しかおらんじゃろ?」
「まぁ……」
――この場に女は私しかいないけど……十愛くんとか湯希くんとかのお姫様も絶対に可愛いだろう。まぁ子どもたちは当然忍者になりたいわけなので、言ったところで却下されてしまうのは目に見えているが。
「いいじゃん。面白そうだし」
意外にも乗り気な火虎は、杏咲たちが離れに戻っている間に、ばっちり忍者服を身に纏っていた。そんな火虎に対して、玲乙は溜息を吐き出して呆れた表情だ。けれど参加はしてくれるらしい。忍者服は断固として着たくないようで、一人普段着のままではあるが。
お互いのクナイや忍者服を見せ合ってキャッキャしている年少組の姿に杏咲がほのぼのとしていれば、酒呑童子が玲乙の耳元で、何か囁いていることに気づいた。
「もしお主が巻物と杏咲を見つけたら……――を、教えてやろう」
酒呑童子の言葉に、玲乙の表情が変わったのが分かる。目を見開いて、その口許を微かに震わせている。
「……絶対、見つけてみせます」
何だかいつもと雰囲気の違う玲乙に、何を話しているのだろうと、杏咲は内心で首を傾げた。
そして、二人を盗み見ていた杏咲と玲乙の視線が重なった。見ていたことがバレたと、小さく肩を震わせる杏咲に対して、玲乙はすっと目を眇める。杏咲を見つめる玲乙の瞳の奥に、静かな闘志の炎が宿っている。
――これは姫を救い出す忍者というより、獲物を仕留めにいく間者の方がしっくりきそうだ。そんな目をしている。