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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第八章 変身忍者と秘密のお部屋
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第五十八話



「酒吞童子さん、勝手にお邪魔してるってバレたら、透先生と伊夜さんに怒られちゃいますよ……!」

「なぁに、大丈夫じゃ」


 昼食を食べ終えた杏咲たちは、夢見草の離れから本殿の方にきていた。メンバーは杏咲と酒吞童子に加え、吾妻、湯希、十愛、桜虎の年少組。そして珍しく、火虎と玲乙も一緒だ。子どもたちでこの場にいないのは、影勝と柚留の二人だけになる。


「影くんも柚くんもくればよかったのになぁ」

「……うん、そうだね」


 吾妻が遊びに誘っていたようだが、実の父親を毛嫌いしている影勝が一緒についてくるはずもなく。そして柚留は、鍛錬場に向かった影勝の後を追っていった。もしかしたら柚留も一緒に遊びたかったのかもしれないが――多分、幼馴染である影勝のことを放っておけなかったのだろう。


「それで、此処で何すんだ?」


 火虎が酒吞童子に尋ねた。


「ふっふっふ、聞いて驚くべからずじゃ。これからすることはのぅ……忍者ごっこじゃ!」

「忍者ごっこ?」


 どうして突然忍者ごっこなのか。その答えが、杏咲には直ぐに分かった。


「にんじゃ! きのう杏咲ちゃんがよんでくれたかみしばいにおったやつや!」

「……かげぶんしんのじゅつとか、するやつ……?」

「まんまるまんま~、たんたかたん! でしょ?」


 吾妻と湯希と十愛が声を上げる。それは、昨日杏咲が子どもたちに読んだ参加型の紙芝居のことだ。忍者の男の子が巻物をおじいさんのもとまで届けるといった内容で、その間に現れる大蛇を忍術でやっつけていく話だった。

 紙芝居は年少組に大ウケで、読んだ後には折り紙で手裏剣を作ったり巻物を作ったり、年長組も一緒にちゃんばらごっこをしたりして楽しんだのだ。


「そう! 今から儂らは忍者! 皆これを着るんじゃ」


 酒呑童子がどこからか取り出したのは、昨日見た紙芝居とそっくりの、黒い忍者服だった。――本当にどこから持ってきたのだろうか。


「ケッ、オレさまはこんなだせーのきねぇからな! にんじゃごっこなんて、やらねぇよ!」


 桜虎はそっぽを向いて、差し出された忍者服を突っぱねる。

 けれど、昨日は忍者に興味津々の様子で手裏剣も作っていたから……本当は忍者ごっこをやりたいのかもしれない。その証拠に、やらないと言いながらも、チラチラと忍者服に目を向けている。


 元来の性格のせいで素直に受け取れないというのもあるだろう。また、これは杏咲の予想だが、午前中酒吞童子に放り投げられたことを少し根に持っているのかもしれない。昼食時に酒吞童子に話しかけられて、むくれた様子で応える桜虎の姿を、杏咲は目にしていたのだ。


「桜虎くん、本当にやらないの?」

「あぁ、やらねぇよ!」

「そっか。……それじゃあ桜虎くん、ちょっとお手伝いをしてくれないかな?」

「……てつだい?」


 酒吞童子から受け取った忍者服を見て喜んでいる吾妻たちを横目に、杏咲は身を屈めて桜虎を手招きした。


「ちょっと付いてきてくれる?」


 杏咲の視線に気づいた火虎と玲乙が頷いたのを見て、杏咲は桜虎の手を握ってそっとその場を離れる。辿り着いた先は――離れの杏咲の部屋だ。



「じゃじゃ~ん!」


 桜虎を部屋に招き入れた杏咲は、押し入れから四角い箱を取り出した。よく見ればそれは、数日前に皆で食べたお菓子の外箱だった。


「なんだよそれ。いまからおかしでもたべんのか?」

「ううん、違うよ。桜虎くん、開けてみてくれる?」


 促された桜虎は怪訝そうな顔をしながらも、両手で蓋をそっと持ち上げる。


「これ……」

「ふふ、これは忍者さんが悪い敵をやっつける時に使う……何でしょうか?」

「……クナイだろ」


 桜虎の切れ長の赤い瞳が、僅かに見開かれている。


 昨日紙芝居を読んだ後、他にも忍者が出てくる絵本を読んだのだが、そこにクナイが出てきた。悪い敵をやっつける忍者の姿を見た桜虎が「……このクナイってやつ、カッコいいな」と言っているのを、杏咲はばっちり聞いていたのだ。


 そこで子どもたちが寝静まった後、子どもたちの盛り上がりを見てこれはもっと遊びを展開できると考え、透にも手伝ってもらってクナイやら手裏剣やらを大量生産していた。


 手裏剣は折り紙で出来ているが、クナイは透が用意してくれた、ゴムのような柔らかな素材のもので出来ている。当たっても怪我をしないような造りになっているのだ。


 本当は今日中に忍者衣装も作ってから子どもたちに渡そうと思っていたが、酒呑童子が用意してくれたのなら丁度いい。杏咲は目を輝かせる桜虎の横顔を見ながら、もう一つ、別の物を持ってきた。


「でもね、このクナイ、実はまだ完成してないの」

「そうなのか?」

「うん。これ見て」

「っ、すっげぇ、きらきらしてる!」


 杏咲が自宅から持ってきていたカラフルなキラキラシールを見て、桜虎は更に目を輝かせた。


「この持ち手の所にこのキラキラを貼ったら、もっとカッコよくなるかなぁって思ってたんだ。桜虎くん、よければお手伝してくれないかな?」

「……し、しかたねぇから……てつだってやってもいいぞ!」

「うん。お願いします」


 杏咲からシールを受け取った桜虎は、楽しそうにキラキラシールを一枚一枚はがしては貼り付けていく。


「ふふ、桜虎くんは赤色が好きなんだね」

「あぁ、カッコいいだろ! これは……にいちゃんのぶんにする!」


 真っ先に赤色のシールをペタペタ貼り付けていた桜虎は、次いで黒いキラキラシールを貼り付け始める。火虎にあげるみたいだ。

 そして十分ほどで、二十個ほどあったクナイ全てにキラキラシールがくっついた。


「ありがとう桜虎くん。それじゃあこれ、皆にも見せてあげよっか」

「……みんなにも、やんなきゃだめか?」


 獣耳をシュンとたれ下げた桜虎に、杏咲は「そうだねぇ」と柔らかな表情で語りかけた。


「こんなにたくさんあるから、皆にも分けてあげよっか。でも、桜虎くんはたくさんお手伝いしてくれたから……特別! 先に桜虎くんが好きなクナイを選んでいいよ」

「……いいのか?」

「うん、勿論! クナイで闘う、桜虎くんのカッコいい忍者さんが見たいからね。ふふ、楽しみだなぁ」


 にこにこと嬉しそうに笑う杏咲の表情に、桜虎の心に住み着いていたいじけ虫は、みるみる小さく萎んでいく。


「しょ、しょうがねぇから……オレさまのにんじゃすがた、みせてやるよ!」

「本当? ありがとう桜虎くん」

「おぅ!」


 クナイと、昨日皆で作った手裏剣が入った箱を持った桜虎が、皆が待つ本殿に向かって歩きだした。


「杏咲、はやくいこうぜ!」

「……ふふ、うん。行こっか」


 ――桜虎くんに名前を呼ばれたの、何気に初めてだなぁ。


 また少し、桜虎くんと仲良くなれた気がする。緩々と頬を緩ませながら、杏咲は頼もしいちびっこ忍者の後を追いかけたのだった。



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