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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第八章 変身忍者と秘密のお部屋
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第五十七話



「そ~れ、いくぞ!」


 青空の下、キャッキャと楽しそうな笑い声が響く。洗濯物を干していた杏咲が声の聞こえる方へ視線を向ければ、吾妻と湯希を二人纏めて抱え上げ、“高い高い”をしている酒呑童子の姿があって。


 ――酒吞童子が離れで生活を始めてから、三日が過ぎた。


 杏咲の懸念は杞憂に終わり、(一部の)子どもたちから大人気の酒呑童子は毎日引っ張りだこで遊びに付き合わされている。けれど本人は子どもたち以上に乗り気で、どんな遊びにも全力のようだ。子どもたち以上に楽しんでいるんじゃないかと思う時もある。


「酒吞童子さん、子どもたちに大人気ですね。正直……ちょっと、意外でした」


 隣で一緒に洗濯物を干していた透に話しかける。透も酒吞童子と子どもたちの方を見ていたようで、穏やかな表情をしている。


「あはは、確かにそうだよね。本人には言えないけど……伊夜さんと同じで、酒吞童子さんも精神年齢は子どもたちに近いところがあるんだろうね」


 クスクス笑う透につられて杏咲も頬を緩めながら、もう一度子どもたちの方に目を向ける。今度は桜虎が高い高いをしてもらっているようだが、そのまま上空に放り出されたようで「おわあぁ‼」と叫び声を上げている。降ってきた桜虎を難無くキャッチした酒呑童子は、そんな桜虎の反応にケラケラと笑っていた。――あ、一緒に笑っていた吾妻くんが、桜虎くんに拳骨されてる。


「それじゃあ、俺は先に戻って昼食の用意をしてるね」


 台所に向かった透を見送り、わんわん泣き声を上げている吾妻をあやしに行こうとすれば、ちょうど庭に面した廊下を歩いている影勝の姿が見えた。

 影勝はちらりと酒吞童子を見て――けれど顔を顰め、さっさと通り過ぎて行ってしまう。


 ――遊び上手で、子どもたちにもあんなに好かれているのに……どうして影勝くんはお父さんを嫌っているんだろう?


「杏咲ぢゃんん~!」


 その場で考え込んでいれば、吾妻の方から駆け寄ってくるのが見えた。その顔は涙と鼻水でぐっしょりと濡れている。吾妻の顔を持っていたハンカチで拭いて、その頭を撫でてやる。


 吾妻をあやしながらもう一度廊下に視線をやれば、もうそこに影勝の姿は見えなくなっていた。



 ***


「皆席に着いてるね? それじゃあ、手を合わせて――」


「「いただきます!」」


 今日の昼食は白米に、きのこと豆腐の味噌汁、鮭の照り焼きに、胡瓜と大根の酢の物だ。透は洋食より和食を作る方が得意らしく、透一人が調理担当の時は八割方が和食になっている。


「むっ、儂、胡瓜は嫌いなんじゃ。これは玲乙にやろう」

「……いりません」

「なぁに、遠慮するな。もっと大きくなれるぞ」


 嫌そうな顔をする玲乙に構わず、酒呑童子は自分の皿に入っていた胡瓜を箸で摘まんで、右隣に座る玲乙の皿にポイポイと投げ入れている。


「酒呑童子さん、子どもたちの前でそれはちょっと……」


 見かねた杏咲が声を掛ければ、杏咲の前に座っていた酒呑童子はコテンと首を傾げる。


「ん? 駄目か?」

「駄目です」


 杏咲の代わりに、間髪入れず透が答えた。その顔は笑っているはずなのだが、目は一ミリも笑っていない。


「まぁ、儂は精神年齢がまだまだ若いからのぅ」

「……さっきの会話、聞こえてたんですか」


 けれど酒吞童子の返答に、透は僅かに顔を引き攣らせた。


 洗濯物を干していた場所から酒吞童子と子どもたちが遊んでいた所まで、そこそこの距離があったはずなのだが、杏咲と透の会話はばっちり聞こえていたらしい。とんでもない地獄耳だ。


「か、影勝、駄目だよ……!」


 柚留の焦ったような小声が聞こえてきた。視線を向ければ、杏咲から見て一番左端の席に座っていた影勝が、透が見ていないのをいいことに、自身の味噌汁に入っていたしいたけを目の前に座る吾妻のお椀に移している。隣に座る柚留に注意されても、どこ吹く風だ。


 ――やっぱり親子なんだなぁ。


 苦笑を浮かべる杏咲に、目の前から声が掛かる。


「それじゃあ、杏咲が食べさせてくれんか?」

「えっ、私がですか……!?」

「ずるい! ならおれも杏咲にたべさせてもらう!」

「えぇ、ならおれも!」


 酒呑童子に続いて、十愛と吾妻が声を上げた。収拾がつかなくなりそうな雰囲気を感じ取った杏咲は、パンッと手を叩いて話題を逸らす。


「皆、お昼ご飯を食べたら、次は何して遊ぶの?」


 まんまと杏咲の思惑に乗せられた吾妻が、眩しい笑顔で教えてくれる。


「あ、せや! あとでな、めっちゃたのしいことするんやって! おひるたべたら、こんどは杏咲ちゃんもいっしょにあそぼ!」


 口の端にご飯粒を付けたまま席を移動してきた吾妻が、杏咲の腕を引いてにぱっと笑いかける。けれど食事中は席を立たないようにと透に諭されて、むぅっと唇を尖らせながらも素直に席に戻っていった。

 今日は座席争いに負けてしまい、杏咲の隣になれなかったのだ。杏咲の両隣には十愛と湯希が座っている。


 杏咲は午後の予定を頭の中で組み立てる。午前中のうちに洗濯物は干し終えたし、粗方の掃除も済んでいる。透を見れば視線が合い、にっこり頷かれた。


「……そうだね、一緒に遊ぼうか。午後は何をして遊ぶの?」

「やったぁ! あんな、影くんのおとんが、めっちゃたのしいことするんやって!」

「さっきも言ってたけど……めっちゃ楽しいこと?」


 ――って、一体何をするんだろう。杏咲と吾妻の会話を聞いていた酒吞童子は、沢庵を摘みながら「それは後のお楽しみじゃ」と、にんまり笑っている。


「……杏咲先生。子どもたちのこと、よろしくね」


 昼食を食べ終えて皿を片付けていれば、台所で鉢合わせた透に耳打ちされる。透の視線は大広間の方――酒吞童子に向けられていて。


「悪い人じゃないんだけど、何ていうか……伊夜さん以上に突拍子もないことをすることがあるからさ」


 ――そんなことを言われると、少しだけ不安になってしまう。


 けれど酒吞童子の周りではしゃいでいる吾妻たちを見れば、今更中止しようだなんてこと、勿論言えるわけもなくて。


「……はい、任せてください!」


 杏咲はそう返すしかなかった。



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