「きょ~うのおにぎりの中身は?」 (第四章/国杜山でピクニック)
第一章から第六章の間の本編には載せられなかった番外編になります。
数話更新してから第七章に入りますので、よろしくお願いします。
川遊び中に妖に襲われるといった予期せぬ事態にも見舞われたが、火虎に助けられて皆と合流した杏咲たち。無事を喜び談笑していれば、誰かのお腹の虫が「クゥ」と小さな音を立てた。
「……おなか、すいた」
ぽつりと、小さな声で湯希が呟く。その言葉を皮切りに、一部の子どもたちからの“おべんとうたべたい!”コールが始まった。
「はいはい、わかったよ。それじゃあ、そろそろお昼にしようか」
「やったぁ!」
「よっしゃ~!」
透の言葉に一瞬で笑顔になった子どもたち。言わずがもな、影勝なんかはいつもと変わらぬ表情でつんとそっぽを向いているけれど――きちんとお腹は減っているようで、傍でじっと佇んで、準備が整うのを待っている。
持参した大きなレジャーシートを広げて皆で輪になって座れば、透が風呂敷で包んで持ってきた四段重ねの重箱を取り出した。ぱかりと蓋を開ければ、真っ先に覗き込んだ吾妻や桜虎の瞳がきらきらと輝きだす。
「ほわぁ~! めっっちゃおいしそうや……!」
「はやくくおうぜ!」
「ちょっと待った。まずは手を拭いてからね」
「はい、吾妻くんと桜虎くん」
杏咲からおしぼりを手渡された吾妻たちは素直に手を拭きながらも、待ちきれないといった様子でソワソワと身体を揺らしている。
そんな吾妻や桜虎の姿に火虎は笑いながら、玲乙は小さく溜息を漏らしながらも微笑んで、取り分け用の器やスプーンを配っている。面倒見がいいのは、さすが年長組のお兄さんといったところだろうか。
透と杏咲で年少組の取り皿におかずを取り分けて、皆で手を合わせて「いただきます」をする。
美味しそうにおかずを頬張る子どもたちの笑顔に癒されながら、杏咲が別の重箱を取り出せば、そのことにいち早く気づいた吾妻が「あ!」と声を上げる。
「杏咲ちゃん、それはなにがはいっとるん?」
「ん? これはねぇ……じゃ~ん! 皆が作ってくれたおにぎりだよ」
杏咲が蓋を開けて中身を見せれば、子どもたちの瞳はまたきらきらと輝きだす。二段重ねの大きな重箱の中には、子どもたちが握ったおにぎりが大から小まで、様々な形を成して所狭しと並べられている。
「あ! これ、おれがつくったおにぎり!」
十愛が嬉々とした声でハートの形のおにぎりを指さした。しゃけのふりかけで彩られた薄紅色のおにぎりは、可愛らしいものが好きな十愛らしいおにぎりになっている。
「……これ、食えんのかよ」
「なっ! く、くえるにきまってんだろ!」
桜虎が握った途轍もなく大きい、少しだけ……否、かなり歪な形をしたおにぎりを見て、影勝は眉を顰めている。
そんな影勝の言葉に、聞き捨てならないと言わんばかりに反論した桜虎だったが、その表情は指摘されたことに少しだけ動揺しているようにも見える。
「これはなぁ、らいじゅうのかたちなんだ! かっこいいだろ!」
「へぇ、ここが耳になってんだな。よく出来てんじゃん」
「ま、まあな!」
胸を張って自身の握ったおにぎりを自慢しながらも、先程の影勝の言葉の影響か、少しだけ自信なさげに耳を垂れさせている桜虎。
しかし火虎に褒められて、その顔にぱっと嬉しそうな色が浮かび上がった。垂れていた耳がピンと持ち上がり、黒い尻尾はブンブンと揺れている。
「……」
そんな桜虎と火虎のやりとりを黙って見ていた影勝が、そっとおにぎりを手に取った。そのおにぎりは、大きくて歪で――けれど、一生懸命握ったことが伝わってくる、桜虎の作ったおにぎりで。
「(……影勝くん、素直じゃないんだから)」
桜虎には背を向けて、一人でもぐもぐとおにぎりを頬張る影勝の姿に気づいた杏咲は、こっそり微笑みながら、自身も桜虎の握ったおにぎりを手に取った。
「このおにぎりは、吾妻が作ったの?」
「せやで! おいしそうやろ?」
「うん。この顔もかわいいね」
「へへ、せやろせやろ!」
俵型のおにぎりを手に取った柚留が尋ねれば、吾妻が嬉しそうに返事をした。
よく見るとそこには、海苔で顔のようなものが描かれている。どうやら吾妻が自身の顔を表現したらしく、柚留に感想を求め、褒められて、嬉しそうにぴょんぴょん身体を跳ねさせている。
「このおにぎり、中身は何が入ってるの?」
杏咲と年長組四人はおかず作り担当だったので、おにぎりの中身が何かは食べてみるまで分からないのだ。ちなみに、桜虎が握った大きなおにぎりは、おかかと昆布が入っていた。
「へへっ、なんやとおもう?」
吾妻が質問に質問で返せば、柚留は「う~ん……梅干しとか?」と予想した答えを口にする。
「ふふっ。“あ・い・う・え・おにぎり~、今日のおにぎりの中身は?” だね」
「……それ、なんのうた?」
吾妻と柚留のやりとりを見て口遊んだ杏咲に、十愛がこてんと首を傾げて不思議そうな顔をする。
「これはね、あいうえおにぎりの歌だよ」
掌をマイク代わりにした杏咲が、今まさにおにぎりを頬張っていた湯希にそのマイクを向けた。
「あ・い・う・え・おにぎり~、今日のおにぎりの中身は?」
突然のご指名にキョトンとした様子の湯希だったが、口いっぱいに頬張っていたおにぎりをごくんと飲みこんでから、一拍置いて答えを口にする。
「……しゃけ」
「しゃけ! 美味しそうだねぇ。それじゃあ――今日のおにぎりの中身は、しゃ・け・に、決めた!」
楽しそうに歌う杏咲につられるようにして、吾妻や桜虎、十愛といった年少組もどことなくわくわくした表情を浮かべているように見える。
「おれもやる! ん~と……あ、い、う、え! おにぎり~! きょ~のおにぎりの、なかみはな~んや!」
杏咲の真似をして歌い出した吾妻。小さな掌の可愛らしいマイクを向けられた透は、手に持っていたおにぎりをぱくりと食べてみせる。
「っ、すっぱ! これは……梅干し!」
口をきゅっとすぼめて答えた透。その場に笑い声が響いた。
「透、へんなかおしとる~!」
「フン」
透の顔を見て、小さく鼻を鳴らして笑っている影勝。それに気づいたらしい透が、何か企んだような顔をして影勝に近づいていく。
「影勝も好き嫌いしないで食べなきゃだめだぞ~。……ってことで、一口お裾分けね」
「んぐっ!」
「あっ、影くん、透にあーんしてもろてる!」
梅干しおにぎりを口に軽く突っ込まれた影勝は、多分、梅干しが苦手なのだろう。何とも言えない顔をしてプルプルと震えている。
「ははっ、影勝頑張れよ~。おっ、オレはゆかりおにぎりだな。中に入ってんのは……これ、チーズか? ……うん、美味いな!」
「……火虎って、何でも美味いって言うよね」
「ん? だってほんとに全部美味いしな。玲乙のは……それ、何が入ってるんだ?」
「僕のは干しエビが入ってた」
「それも美味そうだな。アンタは何が入ってた?」
「私は高菜とちりめんじゃこのおにぎりだったよ」
「へぇ、それも美味そう。……ん~、迷うな」
火虎は、玲乙に続いて杏咲にと、皆におにぎりの具材を聞いては“美味そうだ”と瞳を輝かせている。次に食べるおにぎりをどれにするか、考えているようだ。
「……あんたは、なんのおにぎりがすきなの?」
「ん? 好きなおにぎりかぁ、そうだな……ツナマヨとかも美味しいよね」
「つなまよって、なに?」
杏咲が答えれば、質問を投げかけた十愛は不思議そうな顔で小首をかしげる。
「えっ、……ツナマヨおにぎり、食べたことない?」
「うん、たべたことない」
「そう言われると、今までツナマヨおにぎりは作ったことなかったかもね」
話を聞いていた透がにこやかな様子で会話に混ざってくる。その背後で、物凄い目つきで透を睨んでいる影勝がいるのだけど――多分、わざと気づかない振りをしているんだろう。
杏咲は透に空笑いを返しながら、次いで十愛に目を向ける。
「ツナマヨはね、その名の通り! マヨネーズとツナを混ぜたものだよ。ツナは、この前食べたサラダに入ってたやつだね」
「ふ~ん。……ちょっとたべてみたい、かも」
「ふふ、それじゃあ今度一緒に、ツナマヨおにぎり作ろっか」
「っ、うん!」
次のおにぎり作りの約束をすれば、十愛は嬉しそうに頬を緩ませる。そして、それを聞きつけた吾妻が“じぶんもつくる!”と話に入ってきて、そこに湯希や火虎も便乗して。結局、今度は皆でおにぎりを作ろうという話に纏まった。
――次はどんなおにぎりを作ろうか? こんどはも~っとおっきいのつくるんや! おれは、ねこのかたちがいい。チーズのやつ、また食いたいな。梅以外。おれはねぇ……。
最後は、こんな風に皆で好きなおにぎりの話をしたりして、楽しくも賑やかなピクニックの時間を過ごしたのだった。




