第四十七話
あれから、騒ぐ子どもたち(主に吾妻だったが)を落ち着かせて皆でおやつを食べた後は、透の提案で第二回戦と称して他の遊びを楽しむことになった。
雨も止み陽が差してきたので、庭に出て鬼ごっこやだるまさんが転んだをしたり、玄関前で蹴鞠をしたり――色々な遊びを楽しんだ。そんなことをしていれば楽しい時間はあっという間に過ぎていて、日も暮れ始めてきた。
そろそろ夕食を作らなければと皆で離れに戻ったのだが、吾妻が持っていたはずの蹴鞠を、外に置いてきたままだということに気づいた。
「それじゃあ私が取ってくるね。吾妻くんたちは先に戻って、お水を飲んで待ってて」
汗をかいているみたいだし、水分補給をして一旦着替えた方がいいだろう。若しくは、夕食前にお風呂に入ってしまってもいいかもしれない。
後で透に相談しようと思いながら玄関前に戻った杏咲は、置きっぱなしになっているはずの蹴鞠を探して視線を彷徨わせた。しかし、蹴鞠らしきものはどこにも見当たらない。
「お嬢さん。探し物はこれかのう」
庭の方を探してみようと踵を返した杏咲の背後から、声が掛けられた。驚いて振り返れば、二メートル程離れた所に、一人の男性が立っている。
――全然気配を感じなかった。誰だろう、この人……ううん、妖、かな。
背の高い男を見上げれば、頭には笠のようなものを被っていて、そこから白っぽい髪の毛が見える。
すでに二度も妖に襲われた経験がある杏咲は、いつでも離れに逃げ込めるようにと警戒を強めた。
「あぁ、急に声を掛けて驚かせたかのぅ。いやぁ、すまなかった」
警戒する杏咲に気づいたらしい男は、自身に敵意がないことを示そうと、その顔に柔らかな笑みを浮かべて見せる。
「これがそこに落ちていてな。この家の物かと思って、今声を掛けようかと迷っていたんじゃ」
そう言う男の手中には、杏咲が探していた蹴鞠がある。どうやら嘘を吐いているわけではないらしい。
それに目の前の男からは、これまで対峙した妖のような不気味な雰囲気は感じられない。
整った容姿に派手な着物を着ていて、全体的に艶やかでいて煌びやかな印象を受ける。また外見が似ているわけではないが、どこか伊夜彦に似通った雰囲気も感じる。
「あの、すみません。失礼な態度をとってしまって……」
「なぁに、気にしなくて大丈夫じゃよ。いきなり声を掛けた儂が悪いんじゃ」
若く美しい見目に反してご老人のような話し方をする男性だなあと思いながら、警戒心を緩めた杏咲は男から蹴鞠を受け取った。
「ありがとうございます」
「あぁ。それじゃあ、儂はこれで」
そう言って背を向けた男は、夢見草の正門の方に向かって歩いていく。もしかしたらお客さんだったのかもしれないなと思いながら、杏咲も男に背を向けて離れへと戻った。
***
「あぁ、待ち遠しい。早く会いたいのぉ……」
声を弾ませた男が、誰に聞かせるでもなく呟いた。
笠をとれば、さぁっと吹いた風で男の髪がふわりと浮き上がる。長く美しい銀鼠色をした、絹のような髪。そして頭上には、立派な角が二本窺える。
「――とぉりゃんせ、とぉりゃんせ。こ~こはど~この細通じゃ」
軽やかな声で、男は口遊む。
無邪気な風を装って、しかしその瞳の奥には妖しく光る愉悦を滲ませながら、唄い続けている。
――夢見草一帯に、また新たな風が吹き始めようとしていた。