第四十六話
大広間に戻ってみれば、子どもたちは皆腰を落ち着けて好きなことをしていた。
影勝や火虎、桜虎は鍛錬の話で盛り上がっているし、玲乙と柚留は各々本を読んでいる。
湯希は座布団の上で丸まって眠ってしまったようだ。湯希に薄手の毛布を掛けてあげた杏咲は、自身の横にぴったりくっついている吾妻に視線を向ける。
「吾妻くんはどうしたのかな?」
「ん~とな……杏咲ちゃん、ちょっとみみかして」
ちょいちょいと袖を引っ張られた杏咲は、言われるまま吾妻の口許に耳を近づける。
「……さっき、影くんとぎゅうってしてたやろ? あれ、おれもしてもええ?」
まさかハグのお願いをされるだなんて思っていなかったため、少しだけ驚きながらも、杏咲はすぐに笑顔で首を縦に振る。
「もちろんいいけど……どうしてコソコソ話なのかな?」
「やって……影くん、またおこるかもしれんから」
どうやら影勝に追いかけられたのが相当堪えたようで、また怒られないようにと、影勝に聞こえないように配慮した結果だったようだ。
むぅっと口許をへの字にしている吾妻の表情に可愛いなぁと笑ってしまいながら、杏咲は手を広げてハグの体勢をとる。
「吾妻くん、ぎゅうしよっか」
「っ、うん!」
拗ねたような怯えたような顔から一変、その顔にぱっと花のような笑顔を咲かせた吾妻は、勢いよく杏咲の腕の中に飛び込んだ。
「へへ。おれ、杏咲ちゃんとぎゅうすんのめっちゃすきや! ふわふわやし、ええにおいするしな、それに、おかんといるときみたいにあったかいんやもん」
ほわほわと幸せそうに笑う吾妻の言葉が、杏咲の胸にぐさりと突き刺さった。効果音をつけるとしたら“ズッキューン‼”だろうか。
「っ、私も吾妻くんとぎゅうするの、大好きだよ……!」
依然として抱き着いたままの吾妻の頭をそっと撫でながら、胸に広がる愛しさやときめきといった感情で、杏咲の表情はゆるゆるに緩んでいる。
そのまま談笑を続けていれば、玄関の方から賑やかな声が聞こえてきた。
どうやら透たちが帰ってきたみたいだ。
「ただいま」
「ただいまぁ!」
杏咲がお願いしたお店の文字が入った包みを持った透と、その横には笑顔の十愛の姿。どうやら仲直り作戦は上手くいったみたいだと、杏咲は安堵の息を漏らした。
「……杏咲!」
きょきょろと室内を見渡していた十愛が、杏咲の姿を捉えた瞬間――ぱっと愛らしい笑みを浮かべて、杏咲の名前を口にした。
――というか十愛くん、今杏咲って……。
初めて名前で呼ばれたことへの驚きや嬉しさで杏咲が固まっていれば、駆け寄ってきた十愛は、そのまま杏咲の目の前で足を止めた。そして――。
「……ありがと」
そう言って、杏咲の頬に口づけたのだ。ちゅっ、と可愛らしいリップ音を響かせて。
頬を押さえ、ぽかんと呆けた顔をする杏咲を見て、「へへ」と花も恥じらうような愛らしい笑みを浮かべた十愛は、そのまま何事もなかったかのように透のもとへと戻っていく。
そして、数秒後。
「っ、十愛が、ちゅうした!!!!!!」
――――本日二度目の吾妻の大絶叫が、離れに響き渡った。