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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第六章 泥棒さんとお巡りさんと、新たな出逢い
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第四十四話



 何処に逃げようかと思案しながら、杏咲は台所に繋がる出入り口から大広間を出る。台所を通過して廊下を歩いていれば――曲がり角で玲乙に鉢合わせてしまった。


 玲乙は警察側だ。逃げなければ捕まってしまうのだが、玲乙から杏咲を捕まえようとする素振りは見られない。


「……捕まえないの?」


 杏咲が疑問を口にすれば、玲乙は表情を変えずに淡々と答える。


「まぁ……捕まえてほしければ捕まえますけど」

「……そっか」


 玲乙は元々この遊びに乗り気ではなかったことを思い出して、杏咲は静かに微笑んだ。


「ねぇ玲乙くん。それじゃあ私と、ちょっとだけお喋りしない?」

「……は?」


 一瞬ぽかんとした表情になった玲乙にクスリと笑いながら、「こっちこっち」と杏咲は台所に戻っていく。読めない発言に訝しそうな顔をしながらも、玲乙は杏咲の背中を追いかけた。


 杏咲は台所に誰も居ないことを確認すると、勝手口の扉を開けて外に繋がる石段に腰掛けた。隣をポンと叩いて微笑めば、勝手口の扉を閉めた玲乙は、静かにその場に腰を下ろす。


「皆には秘密ね」


 口許に人差し指を立てて楽しそうに笑う杏咲を見て、玲乙は微かに眉を顰める。


「それは構いませんけど……どうして僕を誘ったんですか?」

「ん? えぇっと、どうしてっていうのは……」

「話がしたいなら、吾妻や十愛たちの方が適任だと思うので。あなたに誘われれば、皆喜んで応じると思いますよ」


 淡々と話す玲乙は無表情で、何を考えているのか分かりづらい。


 子どもたちの中でも一番の年長児だということも関係しているのかもしれないけど、それでも――大人びているというには、この子はあまりにも……。


 ふわりと吹いた雨の匂いを孕んだ風に、玲乙の銀灰色の前髪が遊ばれている。


 すっと通った鼻筋に、形のいい唇。頬は白く滑らかで、触れればもちもちと柔らかそうだ。


 まだ幼い顔つきからはそんな子どもらしさも感じられるけれど……強く吹かれればはらりと連れ去られてしまう桜の花弁のような、不思議な儚さも感じられる。――玲乙は、そういう類の美しさを持っている。


 玲乙の横顔を見つめていた杏咲は、改めて、本当に綺麗な男の子だなぁとしみじみ思いながら、言葉を紡いでいく。


「そうだね、もちろん吾妻くんたちとのお喋りも楽しいけど……私は同じくらい、玲乙くんともお喋りしたいって思ってたから」

「僕と? ……僕と喋ったって、楽しいことなんてないと思いますけど」

「そうかな? それは話してみないと分からないし……それにね、私は楽しいから玲乙くんと話したいんじゃなくて、玲乙くんと楽しくお喋りできたらいいなって。そう思ってたんだよ」

「……すみません。よく分からないです」

「あはは。確かに今の言葉、分かりにくかったよね」


 小さく首を傾げる玲乙に笑いながら、杏咲は自身の思いを率直に伝える。


「つまり、玲乙くんと仲良くなれたらいいなって。そう思ってたってことだよ」


 杏咲の言葉を聞いた玲乙は、何か考え込むようにして数秒黙り込んだ。そしてぽつりと、小さな声で、否定的な言葉を吐き出す。


「……そんなの、無駄な行為だと思います」


 無機質な声。けれど話すうちに、その声にほんの僅かにだが、感情の色がのせられていく。


「所詮他人は他人で……結局自分とは相容れない存在ですから。仲良くとか、そんなの大半は上辺だけの関係でしょうし……どれだけ仲良くしていたって、いつかは別れがきます。だったら初めから、一人でいた方が良いです。……無理に仲良くする必要なんて、ないと思います」

「……そんなことないよ」

「どうしてですか?」


 玲乙の金色の瞳が、静かに杏咲を見据えた。


「だって、一人は寂しいから」

「……寂しい?」


 ぽつりと漏らした杏咲の“寂しい”という言葉に、玲乙は心底意味が分からないといった表情で眉を顰めた。


「うん、寂しいよ。……人ってね、誰かに認めてもらえて、受け入れてもらえて初めて、自分のことも好きになれるんじゃないかなって思うから。それに、玲乙くんはきっと、仲良くする必要がないって思っているわけじゃなくて、……」


 ――ただ、他人と深く関わることに臆病になっているように思える。


 杏咲の目から見て、玲乙は火虎たちにでさえも、時々一線を引いているように思えていた。けれどそれでも、火虎たちに対しては気を許した表情を見せる時があることだって、杏咲は知っているのだ。


 しかしその言葉の続きを口にすることが何となく憚られた杏咲は、小さく頭を振って言葉を濁した。


「……うん、まぁつまり! 私は玲乙くんのこと、もっと知っていきたいって思うし、相容れないっていうなら、少しずつでも理解していけたらいいなって思ってるってことだよ。……あ、もちろん玲乙くんが迷惑だとか嫌だなって思うなら、無理にとは言わないけど……!」


 コロコロと表情を変える杏咲をじっと見ていた玲乙は、ぽつりと、確かめるような声色で、杏咲に問いかける。


「誰かに認めてもらえて、自分を好きになれるって。それは……妖や半妖も、ですか?」

「……うん。私は、人も妖も半妖も変わらないって思ってるよ」

「……そう、ですか」


 目線を下げて俯いてしまった玲乙の表情は、杏咲からは見えない。そのまま暫く静かな沈黙が続いたが、ゆっくりと顔を上げた玲乙が、杏咲を見上げておもむろに口を開く。


「僕は――「…ぉ~い、杏咲ちゃ~ん、玲乙く~ん! どこにおんの~!?」


 ――その時。タイミング悪くも、吾妻が杏咲たちを呼ぶ声が聞こえてきた。どうやら制限時間の一時間はとっくに経過していたみたいだ。


「ごめんね玲乙くん、もう一回言ってもらってもいいかな?」

「……いえ、大したことじゃないですから。皆待ってますし、早く行きましょう」


 立ち上がった玲乙は、勝手口の扉を開けて誰も居ないことを確認してから、先に中に入るよう杏咲に促した。


 玲乙が何を言おうとしていたのか気になりながらも、確かに今は吾妻たちのもとに戻るのが先かと考えた杏咲は、腰を上げてそうっと台所に足を踏み入れる。続いて室内に入った玲乙は、扉を静かに閉めてから、杏咲の背中に向かって言葉を投げかけた。


「……お喋り、結構楽しかったですよ」

「っ、え?」


 杏咲が振り向く。けれどその時にはもう、玲乙は杏咲の横を通り過ぎていて、大広間へと足を踏み入れるところだった。


 玲乙がどんな顔をしてさっきの言葉を紡いでいたのかは分からないけれど――それでも、この十数分の間で、玲乙との離れていた距離が、ほんの少しは縮まった気がして。


 杏咲は嬉しそうに口許を緩めたのだった。



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