第四十三話
「っ、はぁ、マジで笑い堪えるの辛かったわ……」
逃げることもせずに杏咲たちのやりとりを見守っていた火虎は、影勝たちがいなくなったのを確認して、もう我慢できないというように肩を揺らしながら大爆笑している。
「火虎、笑いすぎ」
目尻に涙を浮かべる火虎にタッチした透は、次いで杏咲の肩にも軽く手をのせた。
「杏咲先生も、影勝に一応触れられてはいたからね」
「……あ。そういえば私、逃げれるんでした」
せっかくの影勝の頑張りを無駄にしてしまったと、影勝に対して申し訳なく思った杏咲はその表情を曇らせる。
それに事故とはいえ、影勝に大々的に触れる形になってしまった。
ほんの少し触れることさえあんなに嫌がっていたのに……私が上手く避けられれば――ううん、でもそうしたら影勝くんが怪我をしてしまったかもしれないし……そうだ、影勝くんの落下地点に座布団をさっと敷けていたら……私がそれくらいの俊敏さで動けていたら……。
悶々と考え込んでいる様子の杏咲に気づいた透は、苦笑いしながら杏咲の顔の前でひらひらと手を振る。
「何だか考え込んでるみたいだけど、杏咲先生が気に病む必要は一切ないからね」
「ん? 何でアンタが気に病むことになるんだ?」
透の言葉に、火虎は不思議そうな顔をして首を傾げている。しかし直ぐにその理由を察した様子で「あぁ、そういうことか」と頷いた。
「別にさっきのは事故だし、アンタが気にする必要はねぇだろ。つーか、影勝にはちょうどよかったんじゃねぇの? いつまでも人嫌い女嫌いじゃこの先やっていけねぇだろーし?」
「まぁ、それも一理あるね」
示し合わせたみたいに顔を見合わせて、にっと笑った火虎と透。
子どもたちの中でも特に剣術が得意な火虎は、自ら透に頼んで稽古をつけてもらっていることが多い。よく手合わせしているだけあってお互いに挑発し合っているような場面も見受けられるが、同じくらいに気も合うみたいだ。
「それじゃあ、俺は他の子たちを捜しに行くね」
そう言った透が再び大広間を出て行って、数分が経った頃。――足音が聞こえてきた。大広間にまた、来客者が訪れたようだ。
長らく牢屋在中である杏咲と火虎は、味方が助けに来てくれたことを期待して出入り口に目を向ける。
「え? あれって……」
そこにいたのは、真っ白な布を被った“小さな何か”だった。いや、あのサイズ感的に考えると、布の下にいるのが誰なのか、大体の予想はつくけれど……。
「おい、オレさまがたすけにきてやったぞ!」
布の下から顔を出したのは、杏咲たちの予想通り。得意げな顔をして胸を張っている桜虎だった。
「っ、……」
顔を背け、口許を抑えて肩を震わせている火虎は、多分また必死に笑うのを堪えているのだろう。
――火虎くんは、案外笑い上戸なのかもしれない。
今日は火虎の色々な一面が見られる日だなと思いながら、杏咲は桜虎の目線の高さにしゃがみ込んだ。
「桜虎くん、此処に来るまでに警察組には会わなかったの?」
「あぁ、柚留にはあったけどな! アイツ、オレさまにきづかねーであるいていったんだ!」
「……そっか。桜虎くん凄いね! 助けに来てくれてありがとう」
杏咲に褒められた桜虎は、ますます得意げな顔をして鼻の下を擦っている。
そんな桜虎の姿に可愛いなぁとほっこりしながら、柚留はあえて桜虎に気づかない振りをしてあげたのだろうと察してしまった。
お兄さんな対応に心中で拍手を送りながら、あとで柚留をめいいっぱい褒めてあげたいなと、杏咲は思った。
「ほらよ、さっさとにげやがれ!」
「っ、おう、ありがとな」
「桜虎くん、ありがとう」
桜虎にタッチしてもらった火虎と杏咲は、今度こそ自由の身だ。柱時計を確認すれば、現在時刻は十三時五十分。あと十分逃げきることができれば、杏咲たち泥棒チームの勝ちである。