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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第一章 おいでませ、妖花街
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第四話



 この建物の構造など、当然ながら全く知りえない杏咲だったが、前を歩く桜虎は見知った場所とでもいうように迷うことなく進んでいく。十愛と雑談を交えながらその後を付いていけば、あっという間に建物の外に出ることができた。


「っしゃあ! でられたぜ!」

「……まって。みはりのやつらがいるかもしれないし、きはぬかないほうがいいよ」


 喜ぶ桜虎と、辺りを警戒した様子で見渡す十愛。

 十愛から二人は同い年だと教えてもらった杏咲だったが、こうして見ると十愛の方がお兄さんに見えるな、と思った。

 そんなことを言ったら桜虎が怒り出しそうな気がしたので、口にすることはしなかったが。


「……ねぇ、おかしくない? こんなにすんなりでられるなんてさ」

「ああ? べつにおかしくね~だろ」

「だっていつもはぜったいにみはりのやつらがいるじゃん! なのにきょうはだれもいないんだよ? ぜ~ったい、へん!」


 十愛の確信を持った物言いに、桜虎も何かがおかしいと気づいたのだろう。その顔からは笑顔が消え、グッと唇を引き結んだまま周囲を見渡している。

 そして、そんな二人の会話を聴いたことで、十愛の吐いた嘘に気付いてしまった杏咲。どう伝えようかと思案しながら、慎重に言葉を選ぶ。


「……ねぇ、十愛くん。二人は今日、初めて此処に連れてこられたんだよね?」


 杏咲が問いかける。小さく肩を震わせた十愛は、何も答えない。

 それでも杏咲が急かすことなく黙っていれば、数秒の沈黙の後、十愛はその小さな唇を震わせた。


「……ばっかじゃないの? うそにきまってんじゃん! おれたちは、元々ここにすんでるの! でも、ここからにげだしたかったから……うそをついて、おねえさんのことだましたんだよ」


 十愛は眉を寄せて、声を荒げる。


「……うん、そっか」

「……なんでおこらないわけ?」


 落ち着いた様子で頷く杏咲に、十愛は怪訝そうに顔を顰めた。


「ん? 私が君たちを怒る理由なんて、一つもないよ」


 微笑んで返す杏咲を、やっぱり怪訝そうに、訳が分からないといった表情で十愛は見つめている。そばで話を聞いていた桜虎も、似たような顔をしていた。


 ――やっぱり、そうだったんだ。


 十愛の話を聞いて納得したと同時に、杏咲は自身の胸の内から小さな憤りが込み上げてくるのを感じていた。


 まだこんなに幼い子が、ここから逃げ出したいのだと、今にも泣きだしそうな表情で言っている。

 今の十愛の言葉に嘘はないだろう。だからこそ、杏咲は何とも言えない、遣る瀬ない気持ちに襲われていた。


「私は、君たちの味方だよ。……なんて、会ったばかりだしそう簡単には信じられないかもしれないけど。君たちが逃げたいんだっていうなら、私も協力する。……だからさ、教えてほしいな。二人はどうしてここから逃げ出したいって思ったの?」


 杏咲の言葉を聞いて目を見開いた十愛は、何かを耐えるように唇をグッと噛み締めて、俯いてしまう。そのまま口を開く様子は見られず、だんまりを決め込んでしまった。


 「言いたくないなら無理に言わなくてもいいよ」と、そう言葉を紡ごうとした杏咲。

 しかし杏咲が口を開くよりも早く、十愛を一瞥した桜虎が仕方なしにというように口を開いた。


「オレら、ここでくらしてんだよ。でも、オレたちだけじゃそとにはでられねーんだ。……だけど、さいきんは透もいそがしくて、ずっとどこにもいけてねーし、つまんねーし」

「……いえにかえれないのはしかたないって、わかってるけど……。おれ、かいものとか、あそびにもいきたい」


 桜虎に続いて、十愛もポツリと呟いた。

 二人の話から察するに、この子たちは親元を離れて此処で生活しているようだ。しかし何らかの理由があって、そう簡単には外に出られないのだろう。


「うん、事情はよくわかったよ。――それじゃあ、一旦戻ろうか」

「っ、はあ!? おまえ、オレのはなしきいてたのかよ!」


 桜虎が声を荒げる。十愛は不安そうに瞳を揺らして杏咲を見つめている。


「うん。桜虎くんと十愛くんの思い、ちゃんと伝わったよ。でも、だからこそ……その気持ちは、お家の人にもきちんと伝えるべきだと思うなぁ」


 杏咲の言葉を聞いて、ハッとした様子で表情を固まらせる二人。


「そのとおるさん? だって、二人が黙っていなくなって心配してるんじゃないかな。もしお家の人が忙しくて一緒に出掛けられないっていうなら、私が付き添えないか頼んでみるから。今日は一旦帰ろう? もう暗いから、お店だって閉まってるかもしれないし。ね?」


 二人と視線を合わせるよう両膝に手をついて屈んだ杏咲。その顔には穏やかさに満ちた微笑みが広がっている。

 間近で杏咲の表情を見て、その言葉に嘘はないと感じ取ったのだろう。桜虎も十愛も渋々ながら、納得した表情で頷いた。


「……うん。わかった」

「ケッ、しょうがねえな」


 ――分かってもらえてよかった。


 杏咲は胸中で、小さく安堵の息を漏らした。


「よし、それじゃあ戻ろっか」


 町の方に向かおうとしていた足を止めて、店の方に振り返る。

 出入り口まで、その距離は五メートル程だ。その扉の前に、誰かが立っている。


 ――もしかして、伊夜さんだろうか? それともさっき声を掛けてくれた従業員の人か、若しくはとおるさんという人かな。まぁ誰にしても、子どもたちを連れて勝手に抜け出してしまったのだ。お咎めを貰うことになるのは確実だろう。


 杏咲は人影の方に進もうとする。しかし誰かに服の裾を引っ張られたことで、その足は止まらざるを得なくなる。

 視線を落とせば、裾を引っ張っていたのは十愛だということが分かった。十愛の視線はまっすぐに人影の方へと向けられており、その表情はどこか強張っている。


「十愛くん、どうしたの? ……大丈夫だよ。正直に気持ちを伝えて謝れば、きっと許してもらえるよ」


 怒られてしまうことを不安に感じているのだろう。そう思った杏咲は、安心させるように笑いかける。

 しかし、十愛の裾を握る手の力が緩むことはない。表情は険しく強張ったままだ。


「……ちがう。あいつ、なんかへんだよ」

「変?」


 十愛の見つめる先には、やはり誰かが立っている。

 しかし辺りは薄暗いため、その顔をはっきりと認識することはできない。十愛の隣に立つ桜虎も険しい顔つきで人影をジッと睨みつけている。


 杏咲がどうしたものかと困惑していれば、その影が、ゆっくりとこちらに近づいてきた。


 距離が縮まったことで、その相貌がはっきりと目視できるようになる。そして視界に映った人影の正体に――杏咲は息をのんだ。



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