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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第六章 泥棒さんとお巡りさんと、新たな出逢い

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第三十八話



「杏咲先生!」

「柚留くん。どうしたの? 何だか嬉しそうだね」

「はい、あの……お父さんから、返事がきたんです」


 その手に大切そうに握りしめられているのは、どうやら手紙のようだ。


「次に会えるの、楽しみにしてるって。……ぼくのこと、大切に思ってるって、書いてあって……」

「ふふ、そっかぁ。……次に会える日が楽しみだね」

「っ、はい」


 柚留の頭をそっと撫でれば、照れくさそうにしながらも、その相貌をほころばせている。


 杏咲は自身の心がじんわり温かくなるのを感じながら、柚留と手を繋いで大広間に向かった。しかし、室内から聞こえてきた大きな泣き声に、ほんわか和らいでいた気持ちは吹き飛んでしまう。


 何事かと慌てて障子戸を引けば――泣いている吾妻と、眉をつり上げて怒った様子の桜虎と、畳の上に散らばったクレヨンと、半分に破れた画用紙が――杏咲の視界に飛び込んできた。


 破れた真っ白の画用紙には、桃色のクレヨンを使って誰かの顔らしきものが描かれていたようだ。


「お、桜虎がやぶいたぁ~‼」

「お、おれサマじゃねぇよ! オマエがひっぱるから……!」

「うわ~ん‼」


 状況から察するに、吾妻が描いた絵を桜虎が引っ張って破いてしまったようだ。そして部屋の隅の方では、膝を抱えて顔を埋めている十愛の姿もあるが……何だか落ち込んでいるように見える。


「二人共、どうしたの?」


 身を屈めて杏咲が声を掛ければ、顔を涙と鼻水で濡らした吾妻がいの一番に抱き着いてきた。


「お、桜虎が、おれのかいたえ、やぶいたんや……‼」

「っ、……」


 吾妻の訴えに、桜虎はばつが悪そうにそっぽを向いている。


「そっか。それは悲しかったよね」


 吾妻を落ち着かせるようにその背中をぽんぽんと撫でた杏咲は、次いで桜虎に視線を送る。


「桜虎くん、吾妻くんはこう言ってるけど……本当に、桜虎くんが絵を破いちゃったの?」

「……」


 桜虎は黙ったままだ。しかし数秒程して小さく頷き、自身が破いたのだということを認めた。


「そっか。……どうして吾妻くんの絵を破いちゃったのか、教えてくれるかな?」


 きっと桜虎にも、何か理由があったのだろう。そう考えた杏咲は、未だにしゃくりあげている吾妻を柚留に任せて、桜虎のそばへと歩み寄った。


「……、から」


 杏咲の顔を見ず、口許をぎゅっと引き結んで黙ったままの桜虎。しかし杏咲が何も言わずにそばで待っていると、とても小さな声で破いた理由を口にし出した。


「……吾妻が、十愛のくれよん、かってにつかってるから……とりかえしてやろうと思って……そしたら、やぶれちまって……」


 ぼそぼそと小さな声で紡がれた言の葉。それは十愛の耳にもばっちり届いたようで、「……え?」と困惑した様子で桜虎を見つめている。


「十愛、げんきねぇから……吾妻にくれよんつかわれてんのが、イヤなのかとおもったんだよ」


 どうやら桜虎は、元気のない十愛を心配していたらしい。十愛を思っての行為が少し行き過ぎてしまっただけで、初めから絵を破いてやろうだなんて思ってはいなかったのだ。


「……そっか。桜虎くんは、十愛くんに元気になってもらいたかったんだね」

「……」

「お友達のことを思いやれる桜虎くんは、とっても優しい子だよ。だけどね……吾妻くんは一生懸命描いていた絵が破れちゃって、悲しい思いをしたと思うの」

「……」


 杏咲はそこまで言って、話すのを止めた。グスグス鼻を鳴らしている吾妻の方に視線を向ける。


「吾妻くん、おいで」

「っ、うん」


 目元を手の甲で拭った吾妻が近づいてきた。柚留は心配気な面持ちでその背を見守っている。


「吾妻くん、使ってたクレヨンが十愛くんのだって知ってたかな?」

「え? ……ううん、しらんかった」

「そっか。間違って使っちゃったのかな」

「……うん、まちがえてしもたみたいや」

「そうだったんだね。……それでね、桜虎くんは、十愛くんのクレヨンを間違って使ってるよって、吾妻くんに教えたかったんだって」

「……桜虎、そうやったん?」

「……」

「っ、ごめんな、桜虎。おれ、ぜんぜんきづかへんかった」


 杏咲と吾妻の会話を黙って聞いていた桜虎だったが、まさか吾妻から謝られるとは思っていなかったようで、瞳を丸くして狼狽えている。


「っ、なんで、オマエがあやまんだよ……」

「やって、おれがまちがえてしもてたから……十愛も、ごめんな」

「え? ……ううん。おれはぜんぜん、きにしてないから」


 話しかけられた十愛も、困惑した様子で首を横に振っている。


「……おこってねぇのかよ。え、やぶれちまったんだぞ」

「ん? せやなぁ……もっかいかくからええよ!」


 吾妻の機嫌はすっかりいつも通りに戻った様子で、その顔には眩しい笑顔が咲いている。


「……わっ、……」


 桜虎が口を開いた。しかしその後の言葉が中々出てこず、口を小さくパクパクとさせている。

 桜虎が何を言おうとしているのか察した杏咲は、心の中でエールを送った。――桜虎くん頑張れ、と。


「……。っ、わ、るかった、な……」


 その視線は直ぐに逸らされたものの――吾妻の顔を見て、桜虎は自ら謝罪した。謝られた吾妻は大きな瞳をぱちぱち瞬いた後、また満面の笑みを浮かべて「ええよ! へへ、これでなかなおりやな!」と、大きな声で頷いた。



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