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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第五章 喧嘩と仲直りと決意と
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第三十一話



「(柚留くんと影勝くん、無事に仲直りできたみたいでよかったなぁ)」


 朝食時にはぎくしゃくしているように見えた二人だったが、先程会った時には普段通りの雰囲気に戻っていたので、杏咲はほっと胸を撫で下ろしていた。


 ――後で差し入れに、何か持っていってあげようかな。


 そんなことを考えながら縁側に座り一息ついていれば、その背後から静かに近付く人影があった。


「すみません。隣、座ってもいいですか?」


 気配もなく声を掛けられ、杏咲は小さく肩を跳ねさせる。バクバクと鼓動を打つ胸を抑えながら振り向けば、そこに居たのは玲乙だった。


「あの、驚かせてしまったみたいで……すみません」

「う、ううん。少しびっくりしただけだから……全然大丈夫だよ。隣、どうぞ」

「ありがとうございます」


 一人分の間隔をあけて、玲乙は腰を下ろした。


 考えてみれば――子どもたちの中で一番関わりが少ないのって、玲乙くんのような気がするなぁ。杏咲は此処で過ごした一か月間を振り返りながら思った。


 何か用があって自分に声を掛けたのだろうと杏咲は考えたが、玲乙は黙ったままだ。晴れやかな青空を見上げてぼうっとしている。

 杏咲も倣って空を見上げれば、鶯だろうか――春告鳥とも言われる緑っぽい色をした小さな鳥が、上空を飛んだ後、桜の木の枝に止まったのが見えた。


「……あの。一つ、聞いてもいいですか?」

「ん? 何かな?」

「あなたは……どうして此処で働こうと思ったんですか?」


 唐突な問いかけに瞳を二、三度瞬き逡巡した杏咲だったが、問われた言葉の意味を理解して、ぽつりと呟いた。


「どうして、かぁ……。まぁ、成り行きみたいな部分もあるのかな。伊夜さんに声を掛けてもらって、ちょうど次の就職先を探していたところだったから……それじゃあ働かせてもらおうかなって思ったんだよね」

「そうなんですね。……でも、」


 そこで言葉を句切った玲乙は、僅かに躊躇ったような様子を見せてから、閉じた口を再び開いた。


「此処で働いて……僕たちやこの世界が、怖いとは思わないんですか? だってあなたはただの人間で、力だってないのに……もう二度も、危険な目に遭っていますよね?」

「……どうして知ってるの?」


 今玲乙は、“二度も”と言った。十愛と桜虎と共に妖に襲われた時のことは、他の子どもたちは知らないはずなのに……。


「それは……何となくです。あなたが初めて皆に挨拶をした時、十愛と桜虎の様子がおかしかったですし……前日の夜にこっそり抜け出したみたいだったので、何かあったんだろうなと思って」

「……そっか」


 六歳児とは思えない洞察力に驚き感心していれば、玲乙は再度、杏咲に同じ質問をぶつけてきた。


「……どうしてですか? あなたは僕たちとは違うんです。此処に居たら危険な目に遭うって分かっているのに……どうして此処で働いているんですか?」


 玲乙の切れ長の瞳が、真っ直ぐに杏咲へと突き刺さる。杏咲の生まれ住む人間界では中々見られない金色の瞳は、春の陽の光を受けて煌めいている。

 杏咲はその美しさに、一瞬見惚れてしまった。


「……怖くないよ。――って言ったら、嘘になっちゃうかな。皆のことを怖いと思ったことはないけど……この世界のことは、やっぱりまだ、少しだけ怖いって思ってるよ」

「……それなら、どうして」

「怖いけど、でもね……それ以上に、知りたいって思うんだ。皆のこと、この世界のことを」


 目を細めて笑いながら話す杏咲の答えに、玲乙は納得がいっていない様子だ。顔を顰めて、その意味を問おうとする。


「それってどういう…「お~い、透が林檎剥いたから食おうって呼んでるぞ」


 玲乙の声に被さるようにして、火虎の大声が響き渡った。


 廊下の角から顔を覗かせた火虎は、杏咲の存在には気付いていなかったようだ。二人の顔を交互に見て、気まずそうに苦笑いを浮かべている。


「……あれ、もしかして邪魔しちまったか?」

「……はぁ。別に、大丈夫だよ」


 わざとらしく溜息を吐いた玲乙の肩をポンポンと叩きながら、火虎は「はは、悪かったって」と、からりと笑った。


「……双葉先生、行きましょう」

「あ、うん」


 玲乙に声を掛けられて、杏咲も立ち上がった。

 どうやらこの話は、これで終いということらしい。


「悪かったな、話の邪魔しちまって」

「ううん、大丈夫だよ。呼びにきてくれてありがとう」


 火虎に謝罪され、杏咲は首をゆるりと横に振って返す。お礼を伝えれば、火虎は「おう」と嬉しそうに笑った。


 そのまま三人一緒に大広間へと向かったのだが――玲乙は歩きながら先程の杏咲の言葉を思い出し、やはり不可解そうな、苦虫を噛み潰したような顔をしていたのだった。



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