第二十六話
「とっつげっきや~‼」
衣服を脱いだ吾妻が、一番乗りで風呂場へと飛び込んだ。身体を洗い終わり湯船に浸かっていた桜虎は、ぞろぞろと入ってきた面々を見て目を見開く。
「っ、ハァ!? なんでオマエらがはいってくんだよ!?」
桜虎の視線は、吾妻、湯希、十愛、そして――バスタオルを身に纏っている杏咲へと向けられた。その目はやはり、物凄い速度で逸らされる。
「べつにいいじゃん。だって桜虎だって、ほんとはいっしょにはいりたいっておもってたんでしょ?」
「なっ……オ、オレはべつに……」
桶で湯を掬って身体にかけながら、十愛はさらりと桜虎の本音を口にした。
同い年で同室であり共に過ごす時間が長い十愛は、桜虎が恥ずかしがっているだけだということや、素直に一緒に入りたいと言えないだけだということくらい、数日前からお見通しだったのだ。
そして、実は杏咲も、そんな桜虎の気持ちに薄々気付いていたのだが……無理に誘うのは却って逆効果になると思い、桜虎から声を掛けてくれるのを待とうと思っていたのだ。
まさか突撃する作戦に出るとは思っていなかったが……桜虎も諦めたのか、唇をムッとさせながらも黙って湯船に浸かっている。
「なぁなぁ杏咲ちゃん、かみあわあわ~ってしてや!」
「うん、いいよ」
吾妻の髪を丁寧に洗い、自身の身も清めた杏咲は、子どもたちと共に仲良く湯船に浸かる。
少しぬるいくらいの温度だが、それが心地良くて長風呂しちゃいそうになるんだよなぁと、杏咲は入る度に思ってしまう。
また、その日によって様々な入浴剤が入っているのだが、今日はミルク風呂らしく、湯の色は乳白色になっていた。吾妻は「まっしろやぁ!」と喜び目をきらきらさせている。
「――へへ、おかんとおとんにあえるん、たのしみやなぁ~」
湯船に浮かばせたあひるの玩具をすいすいと手で泳がせながら、吾妻は鼻歌でも歌い出しそうな様子で両親のことを口にした。
「ケッ、なにがそんなにたのしみなんだよ」
「ええ、桜虎やって、おとんにあえるんたのしみやろ?」
桜虎の言葉を聞き、不満そうな顔でわざと頬っぺたを膨らませてみせる吾妻。
杏咲がその柔らかそうな頬をつんと突けば、吾妻の口から「ぷぅー」と空気の抜ける音がする。吾妻は楽しそうに笑いながら、「こっちのほっぺたもつんってしてええよ!」と、また頬を膨らませた。
「吾妻、タコみたい……」
黙って湯船に浸かっていた湯希は、ぱんぱんに空気の入った吾妻の頬を見て、その瞳をぱちぱち瞬きながら呟く。
「湯希もやってみぃ!」
「えっ、……こう……?」
吾妻の真似をしてぷくりと頬を膨らませた湯希は、そのままの顔で杏咲の方に振り向いた。その目はじっと杏咲を見つめている。
――これは、突いてもいいってことかな?
そう解釈した杏咲は、湯希の柔らかな頬っぺたにもそっと人差し指を突き刺した。「ぷぅ」と空気の抜ける音が、小さく響く。
「へへ、湯希もタコさんみたいやなぁ」
「……うん」
顔を見合わせた吾妻と湯希は、楽しそうに笑っている。ほのぼのする光景に杏咲が癒されていれば、少し離れた所で桜虎と話していた十愛が近づいてきた。
「なにやってるの?」
「へへ、タコさんのまねやで!」
「えぇ、なにそのかお。かわいくない……」
ぱんぱんに膨らんだ吾妻の頬を見て、十愛は訝しげな表情で眉を寄せている。
「えぇ、そないなことないやろ! なぁなぁ杏咲ちゃん、タコさんかわいいやろ?」
「ふふ、うん。吾妻くんも湯希くんも、タコさんの真似とっても可愛いよ」
吾妻のもちもちほっぺに再度触れながら、杏咲はその愛らしさに口許を緩めた。
杏咲の言葉に破顔する吾妻と、微かに口許を緩めている湯希。
そんな二人を見て――何とも言えない渋い表情をした十愛は、唇を尖らせながら、小さな声で呟く。
「そんなの、おれだってできるし」
「ん? 十愛くん、どうかしたの?」
「……べつに、なんでもないよ」
つんとそっぽを向く十愛の濡れた黒髪に、杏咲はそっと手をのせる。
「もちろん、十愛くんもとっても可愛いよ」
ぽんぽんと優しく撫でられながら、欲しかった言葉を貰えた十愛は、そっぽを向きながらも、その口許を嬉しそうに緩めている。――どうやら素直になれないのは桜虎だけでなく、十愛も同様だったみたいだ。