表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第五章 喧嘩と仲直りと決意と
26/149

第二十六話



「とっつげっきや~‼」


 衣服を脱いだ吾妻が、一番乗りで風呂場へと飛び込んだ。身体を洗い終わり湯船に浸かっていた桜虎は、ぞろぞろと入ってきた面々を見て目を見開く。


「っ、ハァ!? なんでオマエらがはいってくんだよ!?」


 桜虎の視線は、吾妻、湯希、十愛、そして――バスタオルを身に纏っている杏咲へと向けられた。その目はやはり、物凄い速度で逸らされる。


「べつにいいじゃん。だって桜虎だって、ほんとはいっしょにはいりたいっておもってたんでしょ?」

「なっ……オ、オレはべつに……」


 桶で湯を掬って身体にかけながら、十愛はさらりと桜虎の本音を口にした。

 同い年で同室であり共に過ごす時間が長い十愛は、桜虎が恥ずかしがっているだけだということや、素直に一緒に入りたいと言えないだけだということくらい、数日前からお見通しだったのだ。


 そして、実は杏咲も、そんな桜虎の気持ちに薄々気付いていたのだが……無理に誘うのは却って逆効果になると思い、桜虎から声を掛けてくれるのを待とうと思っていたのだ。


 まさか突撃する作戦に出るとは思っていなかったが……桜虎も諦めたのか、唇をムッとさせながらも黙って湯船に浸かっている。


「なぁなぁ杏咲ちゃん、かみあわあわ~ってしてや!」

「うん、いいよ」


 吾妻の髪を丁寧に洗い、自身の身も清めた杏咲は、子どもたちと共に仲良く湯船に浸かる。

 少しぬるいくらいの温度だが、それが心地良くて長風呂しちゃいそうになるんだよなぁと、杏咲は入る度に思ってしまう。


 また、その日によって様々な入浴剤が入っているのだが、今日はミルク風呂らしく、湯の色は乳白色になっていた。吾妻は「まっしろやぁ!」と喜び目をきらきらさせている。


「――へへ、おかんとおとんにあえるん、たのしみやなぁ~」


 湯船に浮かばせたあひるの玩具をすいすいと手で泳がせながら、吾妻は鼻歌でも歌い出しそうな様子で両親のことを口にした。


「ケッ、なにがそんなにたのしみなんだよ」

「ええ、桜虎やって、おとんにあえるんたのしみやろ?」


 桜虎の言葉を聞き、不満そうな顔でわざと頬っぺたを膨らませてみせる吾妻。

 杏咲がその柔らかそうな頬をつんと突けば、吾妻の口から「ぷぅー」と空気の抜ける音がする。吾妻は楽しそうに笑いながら、「こっちのほっぺたもつんってしてええよ!」と、また頬を膨らませた。


「吾妻、タコみたい……」


 黙って湯船に浸かっていた湯希は、ぱんぱんに空気の入った吾妻の頬を見て、その瞳をぱちぱち瞬きながら呟く。


「湯希もやってみぃ!」

「えっ、……こう……?」


 吾妻の真似をしてぷくりと頬を膨らませた湯希は、そのままの顔で杏咲の方に振り向いた。その目はじっと杏咲を見つめている。


 ――これは、突いてもいいってことかな?


 そう解釈した杏咲は、湯希の柔らかな頬っぺたにもそっと人差し指を突き刺した。「ぷぅ」と空気の抜ける音が、小さく響く。


「へへ、湯希もタコさんみたいやなぁ」

「……うん」


 顔を見合わせた吾妻と湯希は、楽しそうに笑っている。ほのぼのする光景に杏咲が癒されていれば、少し離れた所で桜虎と話していた十愛が近づいてきた。


「なにやってるの?」

「へへ、タコさんのまねやで!」

「えぇ、なにそのかお。かわいくない……」


 ぱんぱんに膨らんだ吾妻の頬を見て、十愛は訝しげな表情で眉を寄せている。


「えぇ、そないなことないやろ! なぁなぁ杏咲ちゃん、タコさんかわいいやろ?」

「ふふ、うん。吾妻くんも湯希くんも、タコさんの真似とっても可愛いよ」


 吾妻のもちもちほっぺに再度触れながら、杏咲はその愛らしさに口許を緩めた。


 杏咲の言葉に破顔する吾妻と、微かに口許を緩めている湯希。

 そんな二人を見て――何とも言えない渋い表情をした十愛は、唇を尖らせながら、小さな声で呟く。


「そんなの、おれだってできるし」

「ん? 十愛くん、どうかしたの?」

「……べつに、なんでもないよ」


 つんとそっぽを向く十愛の濡れた黒髪に、杏咲はそっと手をのせる。


「もちろん、十愛くんもとっても可愛いよ」


 ぽんぽんと優しく撫でられながら、欲しかった言葉を貰えた十愛は、そっぽを向きながらも、その口許を嬉しそうに緩めている。――どうやら素直になれないのは桜虎だけでなく、十愛も同様だったみたいだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ