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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第五章 喧嘩と仲直りと決意と
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第二十五話



 ――玲乙くん、どうしたんだろう。


 杏咲の隣にいた吾妻は、「もしかして……玲乙くんもおふろ、いっしょにはいりたいんかな!?」と嬉しそうにしているが――多分違うだろう。むしろ、誘ったら即断られそうな気がする。


 「僕は結構です」と右手を前に突き出しながらきっぱり言い放つ玲乙と、そんな玲乙の腰元に縋りついて「なんでや~!」と騒ぐ吾妻の姿が脳裏に浮かんでしまって――杏咲の口許は微かに緩む。


 先ほどの玲乙の様子がほんの少しだけ気がかりだったものの、想像してしまった賑やかな光景の影響も受けてか、杏咲はそこまで気にすることもないかなという考えに至った。


 私室から寝間着を持ってお風呂場へと移動すれば、そこには吾妻のほかに、湯希と十愛の姿もあった。どうやら湯希は吾妻に引っ張られてきたらしく、二人の手はしっかりと繋がれている。


「あれ、二人も一緒に入ってくれるの?」

「あ、吾妻がうるさかったからついてきただけ! ……だけど、しょうがないから……いっしょにはいっても、いいよ」

「……うん。おれも、いっしょに入る」


 そっぽを向いて少しだけ気恥ずかしそうな十愛と、緩やかな動きでコクリと頷いた湯希。


 吾妻とは既に何回も一緒に入ったことがあるが、十愛とはこれが二回目だし、湯希と共に入るのは初めてのことだ。


 ――少しずつ、子どもたちからも歩み寄ってくれていることが伝わってきて、杏咲の顔には自然と笑顔が浮かぶ。


「うん、一緒に入ろうね。……ふふ、嬉しいなぁ」

「へへっ、ほんまやねぇ。ほんなら、はよはいろ!」


 湯希の手を握ったまま、ブンブン上下に腕を振り回していた吾妻は、その勢いのまま元気よく脱衣所へと足を踏み入れた。引っ張られるままに湯希が続き、十愛、杏咲と順に足を進める。


 離れにあるお風呂場は、かなり広い造りとなっている。それこそ大浴場といってもいいくらいの広さはあるのだ。子どもたち八人と杏咲が一緒に入ったとしても、まだ余裕があるだろう。


「……あれ?」


 脱衣所に足を踏み入れてすぐ、杏咲は異変に気づいた。お風呂場から水音が聞こえてくるのだ。――誰か、先客がいるのだろうか?


 引き返すべきかと戸惑っていれば、そんな杏咲の手を十愛が控えめに引っ張った。杏咲が目線を下げれば、何だか楽しそうに笑った十愛が、口許に人差し指を当てている。


 ――これは、“しーっ”のポーズだ。


 無邪気な笑顔にときめきながら、杏咲も真似して口許に人差し指を当てる。

 “しーっ”のポーズをとりながら、首を傾げた。


「どうして“しーっ”なの? 誰かいるのかな?」

「うん、そうだよ」

「あんな、桜虎がおんねん!」


 十愛に続いて答えをくれた吾妻も、いつもより声を潜めて話している。その顔は十愛と同様、何だか楽しそうだ。ウキウキしているのが伝わってくる。


「杏咲ちゃん、はよふくぬいでいこ! 桜虎のこと、びっくりさせたるんや!」


 ――あぁ、なるほど。


 吾妻の言葉ですべてを察した杏咲は、少しだけ困ったような顔をして笑う。……というのも、何日か前、吾妻と十愛と共にお風呂に入る前のことを思い出した為だ。


 数日前、吾妻と十愛とお風呂場に向かう道中、ばったり出くわしたのが桜虎だった。そこで吾妻が「桜虎もいっしょにはいろ!」と声を掛けたのだが……。


「っ、はぁ!? イヤにきまってんだろ‼」


 ――そう、はっきり断られてしまったのだ。


「なんでや! いっつもいっしょにはいってるやん! なんできょうはだめなん?」

「っ、そ、それは……」


 吾妻からの問いかけに、桜虎は気まずそうに視線を彷徨わせながら口籠った。そして、杏咲と視線がかち合うや否や――その切れ長の瞳は、物凄い速度で逸らされたのだ。


 ――そうだよね。まだ三歳くらいとはいえ男の子だし、年上の女の人と一緒に入ることに気恥ずかしさや抵抗感を抱いていたっておかしくはないだろう。それに、私みたいなのと一緒に入るのが単純に嫌なのかもしれないし。もしくは……。


 桜虎の態度から何となく検討がついた杏咲は、未だに渋っている吾妻に声を掛ける。


「吾妻くん、今日は三人で入ろうか。桜虎くんは……また今度、一緒に入ってもいいよって思ってくれた時、声を掛けてくれたら嬉しいな」

「えぇ~、桜虎ともいっしょにはいりたかったんやけど……でも、わかった! ほんならこんど、いっしょにはいろうな!」

「……う、うるせぇ! さっさとはいってこいよ!」


 くるりと背を向けた桜虎は、足音を立てながら私室の方へと向かって行った。


 そして、そんなやりとりを黙って見ていた十愛は――何か思うところがあったのだろう。廊下の角を曲がりその背が見えなくなるまで、桜虎のことをじっと見つめていたのだった。



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