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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第五章 喧嘩と仲直りと決意と
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第二十四話



「はい、大事な話があるから皆注目~!」


 大広間にて。夕食を食べ終わり一息ついていた杏咲と子どもたちは、透の声に顔を上げた。子どもたちの顔をぐるりと見渡して満足そうに笑った透は、懐から折り畳まれた用紙を取り出す。


「突然だけど、嬉しいお知らせだよ。二週間後に、皆の親御さんが会いにくることになりました。このお知らせの紙は今日皆のご家族の方に送り届けたから、一応皆にも見せておくね」


 透が広げて見せた紙面上には、定型的な挨拶文から始まり、日時や当日の活動内容といった詳細が記されている。透の手描きなのであろう、可愛い猫のイラスト付きだ。


 そんな知らせを聞いて真っ先に声を上げたのは、やはりと言うべきか、目をきらきらと輝かせた吾妻だった。


「っ、ほんまに!? おかんとおとんにあえるん!?」

「うん、きっと二人共会いに来てくれると思うよ」

「っ、……め~っちゃ、うれしい‼」


 吾妻の心から嬉しそうな、幸せそうな表情に、隣に座って見ていた杏咲も何だか嬉しい気持ちになってくる。

 しかし、吾妻の正面に座っていた柚留は……何だか浮かない顔をしているように見える。心配した杏咲が声を掛けようかと迷っていれば――


「……チッ、うぜぇ」


 ――鼓膜を揺らした低い声。舌を打って不機嫌そうな顔でそっぽを向いているのは、柚留の隣に座っていた影勝だ。

 そんな影勝の態度を見て、柚留は困ったように微笑みながら声を掛ける。


「影勝ってば、そんなこと言っちゃだめだよ。ほら、影勝のお父さんに会うのも久しぶりだし……ぼくも、楽しみだな」


 顔はそっぽを向いたまま、視線だけで柚留を一瞥した影勝は、眉間に寄った皺をさらに深くして吐き捨てるように言い放つ。


「……オマエのそういうウジウジしたところ、嫌いなんだよ。言いたいことがあんならはっきり言え」


 影勝からの容赦ない物言いに、柚留はあきらかに傷付いた顔をした。しかし、影勝に対して反論の言葉を返すことも怒るようなこともなく、「……うん、ごめんね」と、ただ寂しそうに笑っている。


「……その日、オレは部屋から一歩も出ねぇからな」


 影勝は静かに立ち上がると、柚留に言葉を掛けることもなく、乱暴に障子戸を開け放って部屋を出て行ってしまった。室内に、どんよりと重たい空気が流れる。


「……あの、ごめんなさい。ぼくが、影勝を怒らせちゃって……」

「いや、柚留が謝ることじゃねーだろ。気にすんな」


 おずおずと謝る柚留に、火虎が何とでもないというようにからりと笑う。


「せやせや、影くんはおこりんぼうさんなだけやからな! 柚くんがかなしそうなかおせんでもええんやで!」


 吾妻にも励まされ、柚留は微笑み返しながらも、何かを堪えるようにして、小さく下唇を噛みしめた。


「……うん、ありがとう」

「……よし。それじゃあご馳走様をして、順番にお風呂に入ろうか。火虎は皿洗いの手伝い、頼んだよ」

「ゲッ、オレかよ?」

「だって今日の手合わせで、結局俺から一本も取れなかっただろう?」

「……へいへい、わかりましたよ~」


 透の一声によって、沈んでいた空気がぱっと明るくなった。

 手を合わせ、皆それぞれに動き始める。


 火虎は手合わせで負けたことを持ち出されたことが悔しかったのか、あからさまに唇を尖らせて、少しだけ拗ねたような顔をしている。


「私も皿洗い、お手伝いしますね」

「大丈夫だよ。杏咲先生は先にお風呂、入っておいで」

「でも……」

「火虎に手伝ってもらえばすぐに終わるからさ」

「せや! さらあらいはふたりにまかせて、杏咲ちゃん、いっしょにおふろはいろ!」

「……それじゃあお言葉に甘えて。吾妻くん、一緒に入ろうか」


 吾妻に手を引かれ笑顔で頷く杏咲だったが、斜め前から物言いたげな視線を感じて、そちらに顔を向けた。


「玲乙くん、どうかした?」

「……いえ。何でもないです」


 何かを言いかけた玲乙だったが、その言葉が紡がれることはなかった。小さく首を振って息を吐き出すと、そのまま背を向け私室に戻ってしまう。


 小さくなっていく玲乙の後ろ姿を見送りながら、どうしたんだろう? と、杏咲は首を傾げる。


 そして、そんな二人の姿をこっそり盗み見ていた火虎は、ククッと忍び笑いを漏らしていた。


 ――いつも冷静で、他人に興味なんて一切持たないって顔して、いつだって、どこか一線を引いたような態度をとっている玲乙が……。


「(女に対してだと、ちっとは気遣ったりもすんのかねぇ。それとも……相手がこの人だから、なのか)」


 火虎は、チラリと杏咲の横顔を見上げた。


 子どもとはいえ、吾妻だって男の子だ。玲乙がそれを気にして声を掛けようとしたのだと直ぐに察した火虎は、友人の珍しい姿をほんの少しでも垣間見れたことが……何だか嬉しく思えて。


 緩んだ口許を隠すように手の甲を当てながら、大広間を後にしたのだった。



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