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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第四章 楽しいにハプニングは付き物
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第十九話



 各々で出掛ける準備をして、玄関前に集合した。


 子どもたちに忘れ物はないか確認する最中に聞いた話によると、国杜山までは距離があるらしく、花車(かしゃ)という乗り物を利用して向かうらしい。牛車に似たようなものらしいが、車体を引くのは牛ではなく妖怪なのだという。


 ――見れば分かるって言われたけど……どんな乗り物なんだろう?


 先頭を歩く透の後に続いて離れの庭を通りすぎれば、店の方にある裏門に出た。


「おお、やっと来たな」


 そこには伊夜彦が居た。壁に寄りかかってぼうっと空を見上げていたようだが、杏咲たちの姿を捉えれば、その顔にはパッと穏やかな笑顔が咲く。


「伊夜さん、花車の手配ありがとね」

「あぁ。今日は国杜山の麓まで行くんだろう?」


 伊夜彦が花車を用意してくれたらしく、皆を見送るために此処で待っていたようだ。


「伊夜さん、お久しぶりです」

「おう、柚留は相変わらず細っこいなぁ。ちゃんと食ってんのか?」


「なぁ伊夜さん、またオレに修行つけてくれよ」

「火虎は変わらずの剣術馬鹿だな。まぁ、また気が向いたらな」


 どうやら伊夜彦は子どもたちにかなり好かれているようで、柚留や火虎、吾妻などが周りにわっと集まった。


 影勝や玲乙といったクールな面々は自ら寄って行こうとしないが、伊夜彦から一人一人のもとへ行って話しかければ、各々違った反応を見せながらも、きちんと受け答えしている。


「よし、そろそろ行こうか。皆、順番に花車に乗って」


 透が子どもたちに乗車を促している間に、どうしても伊夜彦に伝えておきたいことがあった杏咲は側に歩み寄った。


「おぉ、杏咲。此処での生活にも大分慣れたみたいだな」

「はい。皆良い子たちで、透先生にも良くして頂いてますから。……あの、さっき透先生から着物を頂きました。ありがとうございます」

「あぁ、そのことか。俺が贈りたかっただけだからな、気にしなくていいさ。……まぁ着物の礼と言ったら何だが、俺が贈った着物を着た時には見せにきてくれよ」


 ポンと杏咲の頭を撫でた伊夜彦は「ほら、行ってこい」と杏咲の背中を軽く押した。

 最後に花車に乗車した杏咲は、ひらりと手を振る伊夜彦に小さく手を振り返す。


「よし、じゃあ皆いくよ。せ~の、」

「「いってきま~す‼」」


 透の掛け声に、吾妻や十愛が大きな声で、柚留は少しだけ恥ずかしそうに、桜虎はぼそっと、火虎は笑いながら――それぞれが伊夜彦に声を掛ける。


「おう、気ぃつけてな。楽しんでこいよ」


 手を振る伊夜彦に見送られ、花車はゆっくりと動き出した。


 見れば分かると言われた花車は、牛のような、猫のような、見たことのない四足歩行の不思議な生物――妖二体が車体を引いていた。車内は見た目よりずっと広く、大人二人に子ども八人が乗ってもまだかなりの余裕がある。大の大人でも、十人は軽々乗れそうだ。


 杏咲は簾がかかった物見越しに、流れる景色をちらりと眺める。丁度この前お使いに行った店の前を通り過ぎたところだった。


「なにしてあそぼうかな~」

「おれ、はなかんむりつくりたい!」

「おさかな、またつかまえられるかなぁ」


 子どもたちが楽しそうに話している姿を見てほっこりしながら、杏咲は目の前の席に座っている透に、先程から気になっていたことを聞くことにした。念のため子どもたちには聞こえないよう、声量を下げることを忘れずに。


「あの、透先生。その腰にぶら下がってるのって……」

「ん? あぁ、これは刀だよ」


 特段疚しい話をしているわけでもないが、杏咲の小声につられるようにして、透も声を潜めて返した。


「それって……本物、ですよね?」

「うん。本物だよ」


 凡そ六十センチ以上はあるであろう打ち刀を、透は腰に携えている。


「それって……やっぱり、悪い妖に襲われる可能性があるからってことですか?」

「うん。前にも言った通り、下賤な妖は基本的には夜に活動するんだけど……まぁまぁ力を持った妖で、明るいうちから表立って動く奴もいるんだよ。まぁ襲われることなんて滅多にないんだけど、今回は遠出だし、念のためにね」


 あの夜のことを思い出して少しだけ怖くなった杏咲だったが、透のあっけらかんとした物言いに、そっと胸をなでおろした。


 ――確かに、頻繁に襲われてしまうようだったら、こんな風に外出なんてできないよね。


「なぁ、杏咲ちゃんはなにしてあそびたい?」


 楽しそうな声音の吾妻に話しかけられたことで、杏咲の胸中に渦巻いていた残り僅かな不安も、そこで完全に霧散した。


「そうだなぁ……」


 ――また鬼ごっこをしようか。川で魚を探そうか。お弁当も早く食べたいね。


 そんな風にして、国杜山に着くまでの間、子どもたちと話に花を咲かせたのだった。



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