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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第四章 楽しいにハプニングは付き物
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第十七話



「それじゃあまずは食器を片付けて、それからお弁当を作ろうか」


 弁当は分担して皆で作ることになった。渋る数名の子どもたちに「これもピクニックの醍醐味だよ」と笑った透は、それぞれに指示を出していく。


 年少組は、透に見守られる中、おにぎりを作ることになった。


 十愛はハートの形にしようと頑張っているし、桜虎は大きいおにぎりにしてやると意気込んでいる。吾妻はふりかけをたくさんかけすぎて透に窘められているし、湯希は綺麗な三角形のおにぎりを作っている。

 それぞれの個性がよく現れたおにぎりができそうだ。


 一方杏咲は、年長組四人とおかず作り担当になった。


 といっても火を使った難しいことは子どもたちにさせられないため、卵サラダを混ぜたり、出来上がった卵焼きやウィンナーといったおかずを切ってもらったり、弁当箱に詰めてもらう作業をお願いすることにした。


 ――誤って怪我をすることがないように、しっかり見ていないと。


 杏咲はそう考えていたが、そんな心配は不要だった。

 料理には不慣れだろうと踏んでいたけれど、予想に反して、玲乙と火虎は手慣れた様子で任された作業を熟していく。


 影勝は何もせずに突っ立っているだけだが――杏咲的にはこの場に参加しているだけでも花丸といった気持ちなので、強制するようなことはしない。最後におかずを詰める作業だけはお願いするつもりでいるが。


 柚留も、拙い手つきではあるが、「これで大丈夫ですか?」と杏咲に確認しながら、綺麗にハムやチーズを切っている。几帳面な性格なのだろう。


「皆上手だね」

「まぁ双葉先生が来られる前は、僕と火虎で食事を作ることもありましたから」


 玲乙から告げられた話が初耳だった杏咲は、驚く。


「え、そうなの? ……二人共、まだ六歳くらいなんだよね?」

「別にこの歳で飯作るのくらい、普通だろ?」


 杏咲の疑問に答えた火虎は、逆に不思議そうな顔をしている。


 人間界と妖界では、その年齢に応じた子どもに対する認識や成長速度などにも、やはり多少の違いがあるのかもしれない。


 ――年長組の子たちを子ども扱いし過ぎるのも、よくないのかもしれないなぁ。

 そんな風に少し考えを改めていれば、杏咲の足元に軽い衝撃が走った。


 下を向けば、そこに居たのは吾妻だ。片手を突き上げて、大きな丸いおにぎりを見せてくれる。


「なぁ杏咲ちゃん、これみて! おれのおにぎり、めっちゃおいしそうやろ!」

「ふん、オレのほうが吾妻よりおっきくてうまそうだけどな!」

「みてみて、おれのははーとのかたち! かわいくない?」


 吾妻の後からやってきたのは桜虎と十愛、そして湯希。

 年少組の子どもたちが、出来上がったおにぎりを持って杏咲の足元に集まってきた。


「ふふ、どのおにぎりもとっても美味しそう! ……あ、湯希くんのおにぎりは綺麗な三角型だね」

「……うん。がんばった」


 三人の影に隠れていた湯希にも声を掛ければ、その視線はやはり下を向いているけれど――杏咲の言葉に答えるその小さな声は、心なしか嬉しそうな響きを持って聞こえる。


「杏咲先生、すっかり人気者だね」


 杏咲と子どもたちのやりとりを微笑ましそうに見守っていた透は、何か思い出したのか、突然ポンと手を打った。


「あ、そうだ。杏咲先生に渡すものがあったんだ。ちょっと付いてきてもらってもいいかな?」

「はい、分かりました」

「玲乙、火虎。少し離れるから、此処は頼んだよ」

「分かったよ」「はいよ」


 最年長の二人に声を掛けた透は、台所を出て何処かへ一直線に向かっていく。後をついて行けば、辿り着いた先は、透の私室だった。


 入室を促され足を踏み入れた杏咲の目の前に、大きな箱が差し出される。


「これ、何ですか?」

「ふふ、開けてみて」


 綺麗にケヤキ塗りされた、艶のある長方形の箱。蓋を持ち上げれば、中に入っていたのは小花が散りばめられた(あんず)色の布地だった。これは――


「着物、ですか?」

「正解。ほら、杏咲先生も気づいてると思うけど、この世界って着物が主流だからさ。普段は洋服でも構わないんだけど、屋敷の外に出る時は目立つし、着物もあった方が便利かなって思って。あ、ちなみにこれは俺からで、こっちは伊夜さんからだよ」


 そう言ってもう一つ、同じ大きさの箱を取り出してきた透。そちらの箱も開けてみれば、綺麗な桜色をした着物が入っている。


「わ、どっちも凄く綺麗な着物……。あの、わざわざ用意してもらってすみません。着物代はきちんと払いますから」

「あはは、いいよそんなの。入社祝いみたいなものだと思って受け取って。むしろ、気が利かなくてごめん。もっと早く用意してあげればよかったね」


 申し訳なさそうに眉を下げる透に、杏咲は胸の前で小さく手を振る。


「そんな、謝らないでください! 全然気にしてませんでしたし、むしろこんな素敵な着物を用意していただいて、謝らないといけないのは私の方で……!」

「うん、分かった。それじゃあ杏咲先生も謝るのはなしね。俺はむしろ……ありがとうって言われる方が嬉しいかな」

「……あ、ありがとうございます」

「うん、どういたしまして」


 杏咲のお礼の言葉にたおやかに笑った透は、音もなくすっと立ち上がった。美しい所作だ。


 こうして改めて透をよく見てみれば、髪は地毛なのか染めているのかは分からないが、陽の光を浴びると透き通るような綺麗な焦げ茶色をしていて、両耳朶には二つずつピアスを付けている。

 しかし軽薄な雰囲気はなく、むしろ品の良さが滲み出ているのは、その落ち着きのある所作や穏やかな口調、端正な顔立ちが大きく作用しているからなのかもしれない。



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