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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第四章 楽しいにハプニングは付き物
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第十六話



「あ、影勝くん、またこっそり柚留くんのお皿にお肉入れてる」

「……」


 杏咲の指摘に、影勝は無言で箸を止める。ジトリとした目つきで杏咲を見るそのまなざしは、寝起きであることも相俟ってか、いつもの数倍鋭い。


 ――影勝は、食べ物の好き嫌いが激しかった。肉は全般嫌いだし、それ以外にも茄子やトマト、椎茸など、苦手なものが入っていると、隣の席に座る柚留や吾妻などの皿にこっそり入れているのだ。

 柚留はもう慣れてしまったのか苦笑いで何も言わないし、吾妻はそもそも入れられたことに気づかない。


 しかしそれでは栄養が偏ってしまうと心配し、杏咲は毎食時に声を掛けていた。

 初めは無視を決め込んでいた影勝だったが、五日も経つ頃には我慢できなくなった様子で「うっせぇよ」と反論の言葉を返すようになった。


「ほら、影勝もなんでも食わねえと強くなれねぇぞ~?」


 今回は火虎にも茶化し口調で発破をかけられて、そちらをギロリと睨みつけている。


 しかし、透や玲乙といった年長者の面々からの視線も突き刺さっていることに気付いたのだろう。渋々といった様子で箸を持ち直し、柚留の皿から肉を摘み上げた。

 ほんの小さな、欠片と言ってもいいくらいの大きさではあったが、影勝はそれを自ら口に入れて、咀嚼する。


 ――影勝くんが、苦手なものを初めて食べてくれた!


 杏咲は思わず、影勝の頭に手を伸ばした。が、影勝が女嫌いということを思い出してその手をそっと引っ込め、代わりに小さく拍手を送る。


「影勝くん、えらい!」

「……チッ、うぜぇ」


 杏咲の顔を一瞥した影勝は、その綺麗な見目からは想像ができないほどに低い声で、悪態を吐いた。


 妖の男の子は声変わりがほとんどないと透に聞いていた杏咲だったが、影勝の声を聞く度に、この可愛らしい見目とはかけ離れすぎていて、どうにも違和感を感じてしまう。

 長い銀鼠色の髪を後ろで纏めて三つ編みにしていることも相俟って、儚い雰囲気を纏う可憐な少女という言葉がぴったりだとさえ思ってしまうのだ。


 数日前にそれを透に漏らしていた杏咲だったが、「それ、影勝には言わない方がいいかもね。絶対機嫌悪くなるから」と可笑しそうに言われたので、もしかしたら本人は気にしているのかもしれない。


 一口は食べたんだからもういいだろうと言わんばかりの態度で黙り込んだ影勝は、残りの食事に手を付け始める。


 ――初めは人間嫌い女嫌いの影勝にどう接するべきかと戸惑っていた杏咲だったが、この一週間で、影勝の塩対応にも大分慣れつつあった。


 まだ五歳程という可愛らしい年頃だということもあって、反抗期の息子に接するような心持ちで(勿論杏咲は子どもを産んだこともなければ育てた経験もないが)「はいはい」と微笑ましくその態度を受け止めている。


 その後も、口周りをべっとり汚した桜虎の顔を拭いたり、苦手なものを黙って見つめたまま微動だにしない湯希を励ましたりしていれば、食事の時間はあっという間に過ぎ去っていく。


 皆が粗方食べ終わったタイミングで、杏咲と一緒に子どもたちの世話をしていた透が、皆に聞こえるような声量で話し始めた。その表情は笑顔だ。


 食器を片付けようとしていた杏咲は手を止めて、透の方に顔を向ける。


「実はね、今日は皆で少し遠出しようと思うんだけど、どうかな?」


 そんな透の提案に、真っ先に賛成の声を上げたのは吾妻だ。


「いく! めっっちゃいきたい!」

「……とおでって、どこにいくの? おみせとか?」


 行き先を尋ねる十愛はどことなくソワソワとしていて、期待に胸を膨らませている様子だ。杏咲と初めて出会った日も外に出たがっていたし、買い物が好きなのかもしれない。


「今日は買い物じゃないんだけどね、国杜山の麓まで行こうと思うんだ。皆でピクニックでもしようかなって」


 ――ピクニック。その言葉に、子どもたち何人かの瞳が煌めいた。


「ケッ、めんどくせぇな。……まぁ、いってもいいけどよ」


 “仕方ねぇから行ってやる”といった態度を見せる桜虎だが、頭上では獣耳が嬉しそうに動いているし、尻尾も左右にぶんぶんと揺れている。喜びが全く隠しきれていない。


「お、おれ、きがえてくる!」


 お洒落好きの十愛は、慌ただしく広間を飛び出していく。


「……オレは行かな「ちなみにこれ、全員参加だからね」


 影勝の言葉にわざと被せるようにして、透は先手を打つ。

 どこか圧を感じるような、有無を言わせぬオーラを放った透の笑顔に、影勝も折れたようだ。舌を打ちながらもそれ以上反論することなく、大広間を出て行く。


 子どもたちは各々、そんな様々な反応を見せながらも――こうして、今回のピクニックは決行されることになったのだ。


 まだ年長組四人とはあまり関われていない杏咲は、今回のピクニックで少しでも仲良くなれたらいいなぁと、密かな期待を胸に抱いた。



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