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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第十八章 ほころびの春にもう一度

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第百四十二話



「玲乙くんは……何て言うか、凄く変わったよね」


 見た目が成長したのは勿論だが、あの頃と比べて、その表情も柔らかく、話す声も、どこか温かさを感じる。言い方は悪いかもしれないが、無機質な雰囲気が鳴りを潜め、人間味を感じるようになった。


「双葉先生は、あの頃の僕と今の僕、どっちがいいですか?」

「え? どっちって……」


 ――突然そんなことを聞かれても、返答に困ってしまう。


 変わっていたとしても、結局のところ、玲乙は玲乙なのだから。

 杏咲が答えあぐねていれば、玲乙は俯き気味になって、しおらしい声を出す。


「……そうですよね。双葉先生は、幼い頃の僕の方がいいですよね」

「えっ? ううん、そんなことないよ……!」

「いいんです、いくら僕が鍛錬に励んだところで、貴女は吾妻や十愛たちのような、素直で子どもらしい方が好きなんだって、分かってますから……」


 何故か落ち込んでしまったらしい玲乙に、杏咲は慌てて否定の声を上げる。


「わ、私は、お兄さんになった今の玲乙くんのことだって、大好きだよ!」

「……本当ですか?」

「うん、本当だよ!」

「……僕、どんな風に変わって見えますか?」

「えーっと、そうだね……鍛錬してたって言ってたけど、体つきもしっかりしてるし、玲乙くんが一生懸命、鍛錬を頑張ってたんだなぁって伝わってきたよ。それに、玲乙くんは元々美人さんで格好良かったけど、成長してもっと格好良くなったなぁって思ったかな。久しぶりに顔を見た時なんて、綺麗過ぎてドキッとしちゃったし……って、」


 グッと掌を握りしめて力強く言い切った杏咲だったが、数秒遅れて、言うつもりなど微動もなかった、余計なことまで口走ってしまったことに気づいた。


「あ、あのっ、ごめんね。何だか変なことまで口走っちゃって……! わ、忘れて!」


 杏咲は恥ずかしさで頬を薄っすらと赤く染めながら、手を小さくパタパタと振る。真っ直ぐ見つめてくる玲乙のまなざしに耐えられなくなって、腰を上げようとしたところで……。


「嫌です」

「っ、え?」


 杏咲の手首を掴んで引き止めたのは、玲乙だ。はっきりと耳に届いたその言葉に、杏咲は浮かせていた腰を再び落ち着かせてしまう。


「あの、玲乙くん……?」

「嬉しかったので、忘れません。一生覚えておきますから」


 ニッコリと、それは清々しい表情で、玲乙は笑った。

 対する杏咲は、口をぽかんと半開きにして、間抜けな顔になっている。

 そして、数秒後。口許を微かに引き攣らせた。


「れ、玲乙くんって、結構意地が悪いよね……」

「でも双葉先生は、そんな僕が好きなんですよね?」

「うっ……そ、そうだけど……!」


 揶揄われていることは分かっているけれど、杏咲の顔から熱が引くことはない。口をハクハクと小さく震わせていたが、反論するのを早々に諦めて、今度こそ立ち上がった。


「……私、水を飲んでくる。先に戻ってるからね!」

「待ってください。僕も一緒に行きます」


 顔の熱を冷ますため、まずは水を飲みに行くことにした杏咲は、足を台所の方に向ける。すると立ち上がった玲乙は、杏咲の隣に並んだ。

 ――雲の隙間から覗く月の光が、真っ赤に染まった杏咲の顔と、楽しげに笑っている玲乙の横顔を照らしている。


(玲乙くんの実のお父さんが、伊夜さんだって……話を聞いた今なら、凄く納得できちゃうな)


 杏咲は玲乙の横顔をチラリと見ながら、そう思った。その表情が、雰囲気が、杏咲を揶揄ってくる時の伊夜彦に、少し似ていると思ったから。


「――お、ちょうど良かった。今呼びに行こうと思ってたんだよ。風呂空いてるぜ」

「あ、火虎くん。うん、分かったよ。声を掛けてくれてありがとう」

「……何だ、玲乙も一緒だったんだな」

「うん」


 水を飲んで大広間に入ってきた杏咲の顔が薄っすらと赤く色づいていることと、つい先ほどまで、十愛との言い合いが原因で不機嫌そうにしていた玲乙の機嫌が平常通りに戻っていることに、声を掛けた火虎は直ぐに気づいた。


「双葉先生。大浴場の場所、分かりますか? 良ければ案内しましょうか」

「……大丈夫です! そんなに物忘れは激しくないから」

「ふっ、それは残念です」

「……玲乙くん、やっぱり、ちょっと意地悪になったよね」

「そんなことないですよ」


 あの頃に比べてずっと気安く話している二人を見つめながら、火虎は胸中で(ったく、素直じゃねーなぁ)と、溜息を吐き出した。傍から見たら分かりにくいが、玲乙が杏咲に向ける表情がひどく優しいことに、火虎はすぐに気づいていたからだ。

 呆れたまなざしを向けながらも、二人を映した火虎の瞳もまた優しく、確かな穏やかさで満ちていた。



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