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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第十八章 ほころびの春にもう一度
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第百四十話



 “杏咲先生おかえりパーティー”という名の食事会を終えた後。


 杏咲は伊夜彦と共に、透の私室を訪れていた。あの頃と何も変わっていない空間に安心感を覚えながら、出された座布団の上に腰を落ち着ける。

 杏咲を引き止める子どもたちを何とか宥めて、こうして三人で集まった訳は、杏咲が不在の間のことや今後のことについて、しっかりと話し合うためだった。


「それにしても……あんなにはしゃいでるあの子たちを見たのも、久しぶりな気がするよ。吾妻や湯希なんかは、カレンダーに印をつけたり、杏咲先生が帰ってくるまであと何日って数えたりして……すごく待ち遠しそうにしてたからね」


 お茶を淹れてくれた透が、嬉しそうに笑いながら教えてくれる。


 ――ハクの言う通りだった。要らない心配ばかりしていたけれど、あの子たちは、変わらぬ態度で杏咲を迎え入れてくれた。杏咲と同じように、再会を待ち望んでいてくれたのだ。


「さて、それじゃあ……何から話そうか」


 透はそう言って、一応この場で最も発言権を持っている、夢見草の責任者でもある伊夜彦に目を向ける。


「そうさなぁ……まずは、杏咲が不在の間のことを話すとするか」

「はい、お願いします」

「さっきも言ったが、この約半年の間で、夢見草全体の結界はより強化してある。だからまぁ、外部からはもちろん、内部で何かしらの問題が起きたとしても、直ぐに分かる。それに、護衛部隊も修練を重ねたからな。警備の方も万全だ」


 伊夜彦の言葉に続けるように、透が補足してくれる。


「まぁ、子どもたちも成長してるからね。そこらの妖に襲われたとしても、大体は自分たちで対処できちゃうと思うけど」

「そりゃあ、透直々に稽古をつけてたんだからな。強くなってなきゃ困るだろう?」


 ニッと口角を持ち上げた伊夜彦は、肘で透の二の腕の辺りを小突いた。

 杏咲も透の剣術の腕については、十分に知っている。その透が断言するのだから、子どもたちは鍛錬を積んで、あの頃より更に強くなったのだろう。


「あの……草嗣さんは、どうされてるんですか?」


 杏咲がずっと気がかりに思っていたことを尋ねれば、透は眉を下げて笑う。


「草嗣は……自分から店を出ていったよ」

「っ、出て行ったって、何で……」


 半年前、あの騒動が起こった後。草嗣は謹慎処分を受けていると聞いていた杏咲は、てっきり、また此処で働いているのだろうと――そう思っていたのだ。


「言っておくが、杏咲が気に病む必要はないぞ」

「でも、草嗣さんは……!」


 ――伊夜さんのことが大好きで、大切で。だから、あんなことをしてしまっただけなのだ。例えそのやり方は間違っていたとしても、きっと彼は、本気で伊夜さんのことを思って……。


「あぁ。分かっているさ」


 伊夜彦は、凪いた瞳で微笑んでいる。杏咲が皆まで言わずとも、全て分かっている、と。そのまなざしから伝わってくる。


「草嗣のやつなら、心配しなくても大丈夫だよ。またひょっこり顔を出しにくるさ」


 草嗣とは友人関係にあった透もまた、穏やかな表情で笑っている。

 けれどその表情や言葉が、強がっているわけでも杏咲を気遣っているものでもないことが伝わってきたので、杏咲はそれ以上、言及することはしなかった。

 自分よりずっと草嗣と長い付き合いのあった二人が、こう言っているのだ。


 ――また草嗣さんと再会できた時には、伊夜さんや透先生のこと、そして、草嗣さん自身のことについても……もっと色々と話せたらいいな。


 そんなことを思いながら、杏咲は、もう一つの気になっていたことについて尋ねる。


「あの、それと……もう一つ気になっていたことがあって」

「あぁ、何でも聞いてくれ」

「さっき玲乙くんが、伊夜さんが牢屋に閉じ込めたんだ、みたいなことを言っていましたけど……あれって、何かの誤解ですよね?」


 ――どうして玲乙くんに、本当のことを伝えないんですか?


 伊夜彦が玲乙を牢屋に閉じ込めていただなんて、そんなことあるはずがない。きっと何かの間違いだ、と。

 そう信じて疑わない杏咲は、さらに言葉を続けようとした。けれど伊夜彦の否定の言葉によって、それは声になる前にかき消されてしまう。


「いや、誤解なんかじゃない。俺が閉じ込めていたようなものなのさ」

「え?」

「杏咲には、知っておいてほしいんだが……玲乙は――俺の実の息子なんだよ」

「……実の、息子?」


 ――玲乙くんの実のお父さんが、伊夜さんってこと?


 衝撃の事実に、杏咲は呆けた顔をしたまま固まってしまう。


「ただな、玲乙は、俺が実の父親であることは知らないんだ」

「え? ……どうしてですか?」

「……まぁ、色々あってな。アイツは、俺を憎んでる。そんな俺が血の繋がった親だなんて知ったら、もっと嫌な気持ちにさせちまうだけだろう?」

「そんなこと……」


 悲しげな顔で笑っている伊夜彦に、杏咲は、胸の奥の方がギュッと締め付けられるような苦しさを感じてしまう。


「玲乙はな、類を見ないほどに多大な妖力を持って生まれてきたんだ。それこそ、自分自身では到底抑えきれないほどのな。その力は、周りの者はもちろん、自分自身にさえも危害を加えかねないほどに強力なものだった。だが、まだ幼い玲乙が力を制御するのなんざ、無理な話だ。だから数か月の間、強力な結界を貼った地下で過ごさせたんだ。あの時は、安全に匿える場所なんかもあそこしかなくてな」


 伊夜彦は当時のことを思い出しているのだろう、心ここにあらずな様子で、どこか遠くを見つめている。


「それに、玲乙が生まれて直ぐに、母親も亡くなっているからな。……アイツには、寂しい思いをさせてばかりだった」

「……」


 話を聞いて暗い顔をしている杏咲に気づいた伊夜彦は、その顔から寂しげな色を消し去って、いつものように屈託のない笑みを浮かべる。


「って、悪いな、帰って早々こんな話をしちまって。だが……杏咲には、知っておいてもらいたかったんだ」


 ――杏咲なら、塞ぎ込んでしまった玲乙の心の内を、そっと開いてくれるのではないか、と。救ってくれるのではないか、と。


 何も出来なかった自分がそれを杏咲に託そうとするだなんて、何とも自分勝手な話だということは、伊夜彦自身分かっていた。それでも、期待してしまう。願ってしまうのだ。

 杏咲なら……己が初めて心から愛した女性の孫でもあり、幼い子どもたちの寂しさに寄り添い、心を解かしてみせた杏咲ならば、きっと。


 そっと瞳を閉じた伊夜彦の瞼の裏に――己が愛した二人の女性(・・・・・)の顔が、浮かび上がった。



伊夜彦の過去のお話も、いつかどこかであげられたらいいなと思ってます。

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