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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第四章 楽しいにハプニングは付き物
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第十五話



 杏咲が夢見草で働き始めてから、早いもので一週間が経とうとしている。

 家事を熟したり子どもたちの世話をしたりと、慌ただしくも比較的穏やかな毎日を過ごしていた。


 あの公園に行った日を除けば外へは一度買い出しに行った程度のため、まだ妖界に慣れたとは言えないが、離れでの生活には大分順応してきたと言ってもいい。


 勝手も分かってきたところで、今日は朝から玄関の掃き掃除に勤しんでいた。

 砂利や枯葉を集めていれば、今日も相変わらず全身真っ黒の装いをした火虎がやってきて、「飯できたってよ」と声を掛けてくれる。


「ありがとう。今行くね」

「お~。オレは桜虎たちを起こしに行ってくるな」


 そう言った火虎は、大きな欠伸を漏らしながら、ペタペタと足音を立てて年少組の部屋へと向かっていった。


 一週間共に過ごして分かったことだが、彼は面倒見のいい性格をしているようだ。杏咲のことも気にかけてくれているようで、時々自ら家事の手伝いを申し出てくれることもある。

 子どもたちの中で最年長とはいえ、どう見ても六才以上の落ち着きがあるよなぁ、と杏咲は感じている。


 掃除用具を片付けて台所へ向かえば、エプロン姿の透が出迎えてくれた。


「杏咲先生、掃除ありがとう」

「いえ、こちらこそ食事の準備をありがとうございます。これ、広間に運んじゃっても大丈夫ですか?」

「うん、お願い」


 基本的に食事は子どもたちと一緒に摂ることになっていて、調理は杏咲と透で分担して行っている。


 今日の朝食は白米に焼き魚とほうれん草のお浸し、昨晩の残り物の肉じゃが。中々ご飯が進まない子のためにふりかけが準備してあるのはいつものことだ。


 大広間に出された食事用の長机の上に配膳していれば、子どもたちが続々と集まってきた。


 年少組の十愛や湯希などはまだ眠そうで、火虎や柚留といった面倒見のいいお兄さんたちに手を引かれながらやってくるのも、すっかり見慣れた光景となっていた。

 率先して配膳を手伝ってくれた玲乙と火虎に杏咲はお礼を言い、ようやく全員で席に着くことができた。


 透の「いただきます」の号令で、賑やかな食事の時間が始まる。


「うぇ、おれほうれんそうきらいや……」


 吾妻は野菜が苦手なようで、いつも皿の端に嫌いなものだけ取り除こうとする。そこを何とか持ち上げて一口でも食べられるようにと奮闘する杏咲とのやりとりは、この一週間で恒例になりつつある。


「吾妻くんがお野菜を食べてる、格好いい姿が見たいなぁ」

「うぅ……でもこれ、にがいんやもん」

「ほら、吾妻くん見て。透先生が吾妻くんの好きなツナも入れてくれてるから、一緒に食べたら美味しいと思うよ」

「ん~……」

「ね、一口だけでも頑張ってみよう? お野菜が食べられたら、吾妻くん、も~っと格好いいお兄さんになれると思うんだけどなぁ」

「……せやな! いっこがんばってみる!」


 食べやすい大きさに刻まれたほうれん草とツナを自らスプーンで掬った吾妻は、それを勢いよく口に入れる。ぎゅっと目を瞑って咀嚼し、ゴクリと飲みこんだ。


「っ、食べれた!」

「うん、やったね吾妻くん!」

「頑張ったね、吾妻」


 杏咲と透二人から褒められて、吾妻は嬉しそうに笑う。

 しかし、そんな光景を面白くなさそうに見つめているのは十愛だ。


「……おれだって、ほうれんそうくらいたべれるし」


 唇を尖らせて拗ねた様子で呟いた十愛の言葉は、杏咲と透の耳にもばっちり届いた。目を見合わせて微笑んだ二人は、十愛の皿へと目を向ける。


「十愛くん、もうお皿ぴっかぴかになりそうだね。凄いなぁ」

「十愛、可愛くなりたいからって苦手なものもいつも頑張って食べてるんだよね」

「そうなんですね。だから十愛くんはこんなに可愛いんだね」

「べ、べつに……ふつうだよ」


 杏咲と透に褒められて素っ気ない言葉を吐き出す十愛だったが、その口許の緩みは隠しきれていない。

 杏咲は十愛のその表情にほっこりしながら、他の子どもたちにも順に視線を巡らせていく。


 吾妻や十愛といった年少組は苦手なものも比較的素直に食べてくれるのだけれど、好き嫌いがあるのは、何もこの二人だけではない。ほとんどの子が、それぞれ何かしら苦手な食べ物があるようだ。


 けれどその中でも、栄養面が偏らないかと、杏咲が特に気にかけている男の子がいる。



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